(6)
「まだ幼い合いの子であれば、雌雄が定まらないことも稀にある。遣りようによっては、花精のように雄にも雌にも変じることが出来るかもしれない」
うげえ、そうなの?
衝撃の真実に戦慄した。うちのお袋が事あるごとに俺を「男だろ!」としばき倒したのって、そういうこと?
「しかし雄とは…。しかも、花精としても使えぬ、花護の才もないときたら、一体どのような遇しようがあるというのか…」
「いやもう、ここに置き去りにして貰って構わないんですが…」
俺を倫家に連れて行くの前提、みたいな言いっぷりだったので、流石に突っ込みを入れてしまった。
燕寿の世迷い言はこの際、横に置いておこう。正朱旗の御曹司を謀って無事で済まされないのも分かっている。だが、俺をお持ち帰りする理由が全く見えないんですけれど?!
「…それが、燕寿さまの希みです」
「はあ」
今更何をほざくかこの阿呆、という心の声が、顔に出てますよ清冽さん。
取りあえず、口と手を同時に動かせとの指示だったので、ぎこちない手つきで襟を直したり、帯を結んだりしながら、訊ねる。くそ、女の服ってよくわからん。これ着るのは空戒が手伝ってくれたんだ。そうだよ空戒のことも聞かなきゃじゃん。
「あの。…あなたは、燕寿のつがいなんですか」
「いいえ」
「へえっ?!」
「なんですその声は」
「いや、てっきりつがいなのかと…」
あんなに平気でズバズバ言って、しかもこんな処まで一緒についてきたんだ、気易い仲なんだろう。しかも何やら悪巧みまでしている様子。幾ら俺が馬鹿でもそのくらいのことは気付く。
当たり前につがいだと思うじゃないか。口の中ではっきりしない反論を試みていると、彼は本日幾度目かの溜息を吐いた。
「…それでは、碩舎の成績も知れたものですね」
「…どういう、」
「意味も、なにも。そのままです」と、清冽さんは冷たい声で断じた。
「―――私の主の名は、倫家の旺寿(おうじゅ)。正当なる倫の跡取りとして、倫旺(りんおう)さまとお呼びするのが正しい。仮にも夏渟が一の筆頭の、つがいが何者かを知らぬは愚か以前の問題だ」
「……」
「なにか、仰ることは」
「…ありません」
まさに落第生そのものの、ざまだった。叶わぬ夢とはいえ、花護を志す者の常識としては彼の言うとおり、最低限のところだった。
数ある旗の中でも、夏の庭の一、と称される朱旗。朱旗の筆頭を正朱旗、と称する。
貴族たちの親分であり、花護としても最高の力を持つ連中がいる一族だ。現在は、倫家がそれにあたる。家名を名前の一部として使えるやつは、当主かその跡継だけだ。
燕寿は、現当主と第一夫人の息子。奴には兄貴が居る。清冽さんのつがいたる、倫旺だ。
お偉い人過ぎて、名に心当たりはあっても逢ったことはない。燕寿自身とも、昨夜初めて口を利いたくらいだからな。
言われてようやく、彼のつがいが梔子の花精だったと、思い出された。情けないこった。
その力があればいつか、夏渟の執政になる可能性のあった男。でも、おそらくはそうはならないだろうと言われている。
「戴天(たいてん)の相、というものが花護にはあります。この言葉は、おわかりか?」
「知ってます」
碩舎で習った。流石に俺も識っている。その身に天を戴く相貌。面つきの良さじゃない。そういう、天賦の才があるって意味だ。
「戴天」の花護は絶対に執政になる。
それ、すなわち夏渟の神、紅綯(くれない)に認められ、百花の王に任じられ、庭を統べる資格を得た人の王だ。
「燕寿さまは、戴天の相を有している。それから、万目(ばんもく)の相もです。万目は、その気になれば人に嫁した花精すら剥ぎ取って己が物に出来る力だ。すべての花精が彼のひとにかしずく」
どうやら天は、奴に一物も二物も与えることにしたらしい。いや、見た目やおつむを足していったら、五物くらいになるのか。なんたる不公平だ、納得いかねえ。
苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いている俺へ、清冽さんはさらに爆弾発言をかましてくれた。
「…現執政の鴎仁(おうにん)さまは、密かに燕寿さまを無き者にしようとしているそうですよ」
「…な、」
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