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男に犯された。


その男は、妹の許嫁になる筈だった。所謂政略結婚というやつだ。
俺や、俺の妹は人間としても花精としても中途半端な合いの子で、けれど、ひとつだけ―――特に正朱旗、倫家のような、優れた花護を輩出するような一族にとって、願ってもない素質を持っている。

半人半花の子どもは超高確率で優秀な花護の才能を持つ。つまり、俺たちは最高の種馬と肌馬になり得るってこと。
幾ら倫の家が金持ちで家格もあって、わんさと子どもがいたとしても生まれつく花護のちからだけはどうにもならない。花護の才は、人の意を越えたところにある。これは、少舎に通いたての餓鬼でも知っている道理だ。
父母が花護でも、子は全く能力を持っていないってこともあるし、その逆もある。
倫の当主には二十人近くの子が居るらしいが、花護の資質を有する者は四分の一ほど。俺の義父母のように、六人いて全駄目、って家よかまだマシかもしれん。下世話な表現をすれば、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ということか。俺がされた暴虐を考えれば、これくらい、言わせて貰ってもおつりがくる筈だ。


そんなこんなで、倫家が目を付けたのが俺の妹だ。義父母にもたっぷり見返りがある取引だった。夏渟の旗人(きぞく)で最底辺の部類になる我が家は、最高位の一族と縁戚関係になれる。倫は倫で、確実に跡取り足るべき子どもを設けることが出来る。
互いの利益は一致し、妹は恋慕う相手と引き裂かれて、こいつ――倫の燕寿(えんじゅ)に嫁がされるところだった。

そこを邪魔したのが俺および、俺の友人である。
女が跡継だ、って家は結構あるが、婿の貰い先はどうして少ない。男は御しにくいとでも思われているのだろうか。半人半花という売り込み要素があっても、妹の方が引く手あまたで、俺の方は常時閑古だ。

髪と目の色がちょっと薄いくらいで容姿は平凡、花護でも花精でもなく、ついでに碩舎(がっこう)の成績だって万年横這いという三拍子揃った自分が出来ることといったら、妹を幸せにしてやることくらいしかない。そう思った。だから、友の助けを借りて彼女を逃し、替え玉に部屋に残った。出来る限り正体がばれないように時間を稼いで、ばれたらばれたでそのときだ、という、実に行き当たりばったりな作戦。
よくもまあ、あの賢い空戒(くうかい)が乗ってくれたものだと思う。彼がうんと言おうが、否と言おうが、こちらは決行する気満々だったので、単に諦めていただけかもしらん。

それでまあ、この強姦野郎が初夜(正式な婚姻も前にだ、ふざけんな)に通って来たので、癇癪起こした俺は自ら正体を明かした。怒号と剣戟で充たされた修羅場、と相成るはずが、予想の遙か上を行く展開が待っていたのである。…悪い意味で。


男に犯された。この、燕寿に押し倒され、衣を剥かれ、奴の牡が俺のありえないところに突っ込まれた。妹の、紅の花嫁衣装を纏ったまま、同じ赤い婚儀の装束に身を包んだ男に抱かれたのだ。こいつが放った魔法の言葉は、さながら、千切れども千切れども、絡みついてくる蜘蛛の糸のようだった。

『妹を自由にしてやりたいのなら、俺の言うことを聞け』

くそ、てめえはどこのやくざだ。夏渟の正朱旗が聞いて呆れるわ。
手を拘束され、上にのしかかられて進退窮まった俺は、劇的に舌を噛み切っちゃう勇気なんぞなく、尻の穴に燕寿のブツを挿入されて寝台ごとぎしぎし揺らされた。最悪なことに、あそこを舐められて感じたし、射精までした。途中で空戒が助けに来た気もするが―――、

空戒、そうだ、あいつどうしたんだ?

「く…」

友人の名を呼ぼうとして、続いて喉を迫り上がったのは咳の塊だった。空気を吸うことすら気持ち悪いってどんなだ。発作が起きたみたいに咳き込み始めると、なけなしの体力までもが目減りしてく。意識が白んできた。いかん、死ぬ。

「迦眩…」

俺の顎に、ぬる、と湿った感触が這った。ぼやけた視界に、欠片の曇りもない秀麗な貌が映り込む。こいつの本性を知らないでいれば、黄泉(こうせん)からの迎えだと言われても、信じたかもしれない。

「うっ、んく…」
「飲め。ただの水だ」

あくまで低くまろい声が耳朶を打つ。下唇を促すように噛まれ、大人しく(というよりは力が入らなくてこじ開けられただけだが)脣を開けば、生温い水が流し込まれた。自分の裡を水が伝っていき、潤していくのが分かる。もっと、と浅ましくも喉を鳴らすと心得たように燕寿は口づけて来た。後頭部を撫でるといういらないおまけつきで、だ。
しかし、目が醒めて、またしてもこの男に好きにされるとは。夢だったのかと疑う暇すら与えられないだなんて、どれだけ天中殺なんだ、俺は。
大体なんだその注釈。ただの水じゃないものを飲ませる目算でもあったのか。つか、こいつ確か昨日の晩、尻も舐めてたよな。口濯いだのか?歯磨いたのか?!





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