くものい
すごく疲れた。もう厭だ。何も考えたくない。身体は重いし、関節という関節はぎしぎしと軋んでいる。特に股の間なんて最悪だ。貧弱な内股の筋肉は、いまだ拓かれているかのように痺れている。不自然な体勢を強いられて、重みを掛けられて、その形に凝り固まってしまったのかもしれない。あんな、死に体の蛙みたいな格好は勘弁して欲しい。人権蹂躙だ。冒涜だ。
…もう厭だ。起きたくない。永遠に、このままで。
「倫旺(りんおう)さまにはお伝えしましたが。…また、随分な無茶をしてくださいましたね」
「簫(しょう)家にはうまく言え。得意分野だろう」
「私が説明するのですか?正夫人から第二夫人へ降位の上であれば、婚姻を結ぶと。なおかつ、彼女の座を奪った相手は男だと。怒り狂った簫夫人に撲殺されるのがオチですな」
「お前が殺して死ぬ玉なら俺も心やすいものだ。もっともあの奥方ではなく、簫の兄弟が出てくれば話は別かもしれんが」
「犬死には勘弁願いたい。縁談の縺れが理由だなど、末代までの恥です」
「仮にそうなったら、俺だけは誇りに思ってやるから感謝しろ。…それで、兄上は何と?」
「苦笑しておられましたよ。貴方の傍若無人には慣れておいでです。後腐れの無きようにせよ、なるべく早く帰参しろ。そのふたつだけです。―――ああ、起きたようですね」
意味のよくわからん会話がぷつ、と切れた。ただの雑音だ。知らないやつと、今一人は顔も見たくない人間の声。泥みたいな眠りにしがみつきたくて、声のする方を見る気にもなれない。
俺は、妹の部屋で大の字になって寝転がっていた。彼女が居た時分には、こんな立派かつどでかい寝台じゃなく、簡素な木の寝台が代わりに置いてあったものだ。蒲団だって、白くてふかふかで、香がたきしめてある上等なもん、初めてだ。
俺たちが使っていたのは使用人たちが使うのと似たり寄ったりの、干し草が詰まった麻の蒲団。あれは生地の目から中身が飛び出たりして、慣れるまで時間が掛かるんだよなあ。
「…おい、迦眩」
現実逃避その二として、天井画の観察を始めたところで、視界に美形が割り込んできた。
やや襟足を伸ばした黒い髪、切れ長の黒檀のような双眸。夏渟人(かていびと)らしく、ごく淡い青銅の色を成した膚。どこまでも滑らかで、女が羨望しそうなほどの手触りの良さだ。そうであることを、昨夜、身を以て知ってしまった。如何にも低そうかつ、冷たそうなのに、意外に体温が高いことや、熱を宿した指が相当に器用だってことも。
連鎖で思い出した四方山に、俺は硬直した。ぶり返した怒り、恐怖、混乱に思考が止まる。
強張って呼吸すら怪しくなっているのを気付いた風もなく、美形で御曹司で、強姦魔のそいつは、ひきつる俺の頬を、乾いた掌で撫でた。
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