(3)



「…兎我野さん」
「あとさ、肉まん欲しいんだけど。出来れば硬めのやつ」
「肉まんは中華まんの総称として言ってるんですか。それとも、ピザまんとふかひれまんと、冬のあったか牛丼まん(どうしてこんな馬鹿げた商品名をつけるんだろう)、スペシャルトンポーローまん、または普通の肉まんのどれかを指して言っているんですか」
「そうそう、君そういう喋り方してたよね!えっと、お薦め二個入れて」

単価の高いトンポーローをダブルにしてやった。

「あなたの落としたのは金の斧、銀の斧、みたいだよねえ。つか、よく噛まないでしゃべれるね。さてはベテランだな?」
「…話があるんなら、あと三十分で上がりますから。無いなら、」

営業妨害です、と言い切れないのが苦しい。そして、帰れと無碍に追い払うのも気がひける。さて、どうしようかと言葉を濁らせていると、南方系の雰囲気を漂わせた容貌は、本日一番の笑顔を見せた。まさに営業の鑑といわんばかりの、人好きのする笑みだった。

「そう言ってくれるのを待ってたんでーす!」
(「うっ…?!」)

駐車場に居るから、と朗らかに付け加えられ、俺は両手で顔を覆った。あの日と違ったのは服装だけだ。酒を飲んでいても、しらふでもあのテンションの高さは不変のものだったんだ。



皓々とした明かりが照らす駐車場へ出ると、レジの裏側、影が深くなっているところに銀色のチンクエチェントがひっそりと停車していた。まるで主人を待つ番犬のような姿を視界に入れつつ歩くと、車にもたれ掛かっていた黒い塊がゆらりと動く。

「おっかれー」
「…お疲れ様です」

冬織と――、そして観春と同じか、少し低いかと見ていた背は、しっかり筋肉のついた体躯の所為か、実際よりも大柄に思えた。距離を取って見上げると、彼はへなりと眉尻を下げた。

「鬼神のように働いてたね。マジおつかれ」
「…誰の所為だと思ってるんですか」
「あー、割とおれ。だってさ、いきなり『話したいことがあるんだ』とか言い出したら、そりゃ小田和正でしょ。あれ、違ったっけ?伝えたいこと?」
「……」
「まあ、とにかくさ、そんなこと唐突に言われたらどんびきじゃん。何かのキャッチとかと思われたらおれ困るし、哀しいしさ」
「はあ…」
「寒いから、車の中入りなよ。あっためてある。大丈夫、さらったりしない」

そんな言葉に促されるがまま、一回きりしか逢ったことのない男の車に乗ったら、それは馬鹿だと思う。本当に誘拐されても文句は言えない。学校の教材で見本にされる、典型的な失敗パターンだ。
けれど、俺は彼が開いた扉をくぐった。銀と赤で統一された車内へ身を乗り入れ、これでいいかという顔をして未だ車体に寄りかかる兎我野さんを窺った。男は、満足気に頷いた。

「煙草、吸っていい?」と先ほど買ったばかりの煙草のパッケージを、その開け口をほじくりかえしながら、彼は聞いてくる。俺は首肯した。そのために、兎我野さんは外に残っているようだった。
勧められた席は運転席で、彼が俺を連れてどこかへ行こうとしているのではなく、単純に話をするため、そして寒さをしのぐために車を使っているのだと分かった。そうでなきゃ、幾ら俺が観春お墨付きの馬鹿でも、知らない相手の車にほいほい乗ったりしない。


「おでん、もう喰っちゃったんですか」
「だって夕飯代わりだったからね。残業してたら食いっぱぐれるわ、寒さで尿意を催すわで散散よ。ま、それで君に逢えたんだからよしとします」
「…そうですか」
「助手席のそれ、食べなよ。俺のおごり。一個残しといて、夜食にすっから」

彼が顎で示した先に視線を落とすと、助手席の上に残骸があった。隣のビニール袋から、中華まんの紙袋が覗いている。俺が選んだトンポーローまん。触れると、まだ温かい。

「これ…」

『給料出たら、奢ってやるから。これは、男と男の約束だ』

(「…まさかな」)

恋人とどうしても逢いたくて、愚かな取引をした。十二時になる前に、マンションに帰ってきて欲しい、その為なら何でもすると、同居人が訝しがるようなことを言った。
花見の番が俺の仕事で、でも、友人と到着した観春はとても不機嫌で、俺は疎まれるように公園を後にした。声を掛けて、労る言葉を掛けてくれたのが、兎我野さん。たまたま隣り合わせで逢った、赤の他人だったのに。

「腹、食い物入れると寒いのおさまるじゃん。それにお詫びね。仕事中だったのに、困らせてごめん、って。…あれ、どうしたの?座席から落ちたりしてた?」
「…いえ、大丈夫です。なんでもありません。それに詫びだなんて」
「だってめちゃめちゃ怒ってたじゃん。眉間に皺寄ってたよ。マリアナ海溝級のやつ」
「…はあ…」

この人のテンションは、俺の友人、伊関のそれを上回るうえに、有無を言わせぬ勢いと押しの強さがある。しかも質の悪いことに、場合によっては俺の困惑を見越して仕掛けている気がする。勘繰り過ぎろうか?



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