(2)



「いやあ、ここ、君が働いてた店だったんだ。知らんかったよ。あんまこの時間帯来なかったし」

無事、トイレを済ませたらしい営業マン――兎我野さんは、買い物籠をどん、とカウンターへ乗っけた。俺はそこから商品を取り出し、バーコードリーダーでチェックする、という一連の作業を黙々と続けた。缶コーヒー、ビール、ビール、ミミガー、乾電池、雑誌、は、

「……」

裸一歩手前の女が、悩殺ポーズをとっている表紙から、礼儀正しく目を逸らす。彼はその間、煙草の棚を物色している様子だった。

「あと七番頂戴。ラッキーストライク」
「はい」
「これさ、四百円越えとかって普通になくない?漫画一冊買えちゃうんだぜ?」
「…吸わないので」

くしゃくしゃの髪の後ろには、きれいな爪をした女性が待ちくたびれた表情で立っている。宅配便は片付いたものの、人の列は相変わらずだった。レジの処理が追いついていないのか、客がキャパを越えて多いのか、あるいは両方か。腐ったところで、お客がテトリスの連鎖みたいに一瞬で消えることはない。こういうときは、必ずあるものだ。

「レシートいらないでーす」
「かしこまりました。…四百二十五円のおつりになります」
「はーい。どもどもー」

広い掌に硬貨を載せ、「ありがとうございました」と軽く頭を下げる。人が少なければ、お喋りのひとつもできたかもしれないが、どう見たってそんな状況じゃない。
現に、懐っこい様子の彼を友人と判断したのか、背後の女性客はすぐにでもレジの前へ出ようという素振りを見せている。そりゃそうだよな。疲れているんだ、早く家に帰りたいよな。

仕方ない。
兎我野さんに詫びを入れて、もし、また逢うことがあったら話をしよう。

俺だって、本当はちゃんと礼をしたい。彼にしてみれば酔った上での、なんでもない行動だったかもしれないけれど、あのときの俺は、随分とこのひとの言動に救われたのだ。

「とがのさ…」

済みません、また今度、と言いさした間に、直線に張った肩がすっと背中を向けた。列を掻き分けてすたすたと歩き去ってしまう。

(「あ…」)

癖毛が揺れる様を引き留めたいような思いで見守った。いや、でも、―――仕事中だ。バイトをしているときは、そのことだけに集中するんだ。慣れていても、俺は決して器用じゃない。あの口ぶりだと、初めて来た感じではなさそうだ、きっとまた話す機会があるさ。

「大変お待たせいたしました」

どこかほっとした様子の女性に会釈をしながら、細く、骨の目立つ手から商品を受け取った。客が少しずつ減り始めている。ここががんばりどころだ、と、努めて声に力を入れた。


これで物語が終わっていれば、不運なタイミングに重なった、不運な再会劇で済んだだろう。…いや、済んでいた方が、逆に倖せだったのか?カウンター越しに登場した客を見、顔面の皮が再び膠着していく。

「……あの、」
「ん〜?」

俺の目の前にはにこにこ笑う、くるくる頭の成人男性。いつの間にかネクタイは失われ、襟からボタン2つばかりが外されている。先ほどの買い物はどこに行ったのやら、彼はほぼ空手だった。ほぼ、というのは、こちらに差し出された右掌から、ミント味のチューイングキャンデーが転がり落ちてきたからだ。捕まえて、バーコードを読んだ。

「百円になります」
「これさあ、ダイエットコーラと一緒に喰うと腹バクハツすんだよ」
「えっ」
「鼻の穴とかからコーラ逆流してスゲーらしいよ。もう人間活火山」

兎我野さんの後ろの客(無論、さきほどの爪の女性とは違う人だ)も、えっ、と呟いた。耳に入ったらしく、彼は背後を振り向き、そして俺ににやっと歯をみせた。瞳は悪戯っぽく、弧のかたちに細められている。

「嘘ぴょん」
「……」
「袋はご不要ですね。はい、ちょうどいただきます。ありがとうございました」
「はーい、どうもー」

ぐい、と筒状の菓子を押し付けても、彼は文句も言わず満面の笑みで受け取った。そして、また店の奥の方へと歩いて行く。先ほどはせわしなさにかまけて見落としたけれど、店から出ていく様子がない。商品棚を冷やかし、何か見つけてはレジにやってくる。しかも、

「あのぉ、お先のお客様、こちらへどうぞお」
「あ、どうぞどうぞ、俺こっちでいいんで」

などと、ペアの後輩がレジを開けていてもこちらへ来る始末だ。
二回目は黙認した。三回目は黙殺だ。四回目、彼がおでんの器を持って登場するに至って、俺は地を這いずるような低い声で彼の名を呼んだ。客が落ち着いてレジが閑古状態になっているとしても、看過できない。新手の厭がらせか。当店ではそのような指名制度は行っておりません!




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