Lighthouse of land



俺がアルバイトとして働いているコンビニエンスストアは、駅のロータリー沿いにある。さらに進んだところには遅くまで営業しているスーパーが建っている。敷地の端に、最近、とみに少なくなってきた公衆電話ボックスがあって、諸事情あって携帯電話の使用を控えている俺は、よくご厄介になっていた。
そこまで行けば、同じ品物がもっと安く手に入るにも関わらず、客はしばしば駅近である、こちらにやってくる。少しでも財布の紐を締めたい俺からすれば考えられないことだけれど、もっと年を喰って会社勤めをしたら、彼らの気持ちが分かるようになるのかもしれない。

コンビニエンスストアにあるべき一通りの品に加えて、酒類に煙草(ありあり店、というやつだ)、ATM、トイレを備えているとなると、サラリーマンだけじゃなく、夜遊び中の集団とか、用足しだけで買い物をせずに帰る奴だとか、そりゃあもうわさわさと人が来る。ひっきりなしに客が入店しているときは、屋根の上にアドバルーンか、ネオンでもくっつけているのかと思うほどだ。
駐車場も狭いながらにあるので、タクシーの運転手や、車で郊外へ移動する人間も寄りつく。品出しの時間になると必ず出現する、ご近所の常連たちもいる。

彼らは時間に正確だ。見慣れた顔が毎晩欠かさず来るたび、夕食は毎度コンビニ弁当なのか、栄養バランス大丈夫か、と問い糾したくなる気持ちをぐっと抑え、俺は「いらっしゃいませ」と平坦な声をあげた。


かくのごとき理由により、弁当類が納品される夜十時前後は、それはもうとんでもない忙しさだった。
無の心でもって、レジを打ちまくっていたら、長閑な入店音と共に恐ろしいものを見てしまった。稀に、――いや、ままある不運なタイミング。反射的に店の角へ視線を飛ばす。そこでは、ペアで入っている女の子が品出しをしている筈だった。
自分にとっては後輩で、シフトが被ることもあって、基本の指導は俺がやった。休みは少ないし、とても気立てのいい子だと思うのだが、如何せんおっとりしている。動作もやや遅い。俺も格別早いほうじゃないのだけれど、十六の時分から続けていると、それなりに早さも出る。

案の定、弁当やデザートが入った番重は結構な高さで積み重なったままだった。うちの店は納品された食品をバックヤードへ運ばず、すぐに品出しをしている。バックが狭いのが主原因、デメリットは、検品をする前に客がものを手に取ってしまうことだ。
未検品の弁当が収まった番重へご近所さんたちが群がっていく様子と、今しも、列に並んだ段ボールを抱える客を左右の目が捉えた。しかもその客の手に握られた、公共料金とおぼしき紙束を見て総毛立った。

(「…勘弁しろ…!」)

時々、合計して十万近い払いをしていく人もいる。そう驚くことじゃない。ただ、この混雑しているときに宅配便と公共料金のコンボは些か胃に重い。
これでおでんとか、中華まんとか言われたらもう、笑うしかないな。

大人が抱えてやっとの大きさの箱が俺の視界を塞いだ瞬間、迷わずコールボタンを押した。
宅配便を回して、残りのレジはこちらでさばいて、常連さんが何を買ったか確認しよう。あまりに杜撰な遣り方だが、仕方ない。決意を固めたところで、列とは違うところから声が掛かった。


「すいませぇん、ここ、便所あります?」


駐車場に高くそびえているポールには、「ATM、たばこ、お酒」の看板に加えて青赤の男女マークがついている。あれは俺の記憶によれば、トイレを示す標識だ。目に入らぬか!と言いたいところだが、ここは客商売、笑って―――、

「あれ、君」
「…あ、」

口の端が引き攣っているのは、客に対する苛立ちからじゃない。単に忙しさで目が回り、表情筋が強張っているだけだ。そこに、衝撃までも追加された。

細身のストライプのスーツに、清潔感の漂う白いシャツ。ネクタイはシェルピンク。足元は勿論、ウエスタン・ブーツなどではありえない。くたびれてはいるが、ぴかぴかに磨かれたごつい革の靴だ。メッシュに見えるけれど、実は若白髪なんだよね、と笑った表情は、オフ日じゃない所為か、格段に年嵩に見えた。
脳裏にフラッシュバックしたのは、曇天にたなびく薄い桜色の煙だ。黄緑色の脈をもつ白い花弁、八重の韓紅。それから、シートに転がったビールの空き缶と、俺を掴んだ力強い腕。

「あー!あー、ああああー!」
「……!」

前言を撤回する。見た目はともかく、中身は第一印象と全く変わってない。
男は、コンビニのさえないバイト店員を、未踏の地で発見した珍獣のような扱いで指差した。居並ぶ客は何事か、と俺たちを注視した。後輩も、隣のレジからガン見している。俺のことは忘れて、早く宅配便を処理してくれ。


桜の花びらが降り注ぐ春の公園で名刺をくれた営業マンと、俺は、そのようにして再会した。



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