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あれこれ悩んだ結果、善は急げ、明日にも床屋へ行くことにした。気掛かりをひとに指摘されると、もう誤魔化しや逃げの類は効かないような気分になる。言ってきた相手が伊関だということを差し引いてもだ。「身だしなみは男の云々」と言うだけあり、髪型や服に関することは、とかく煩い男なのである。

高専は制服がないので、当然、登校は私服になるわけだが、適当な服装をしていくとまず始めに伊関が文句を垂れる。別にお前が着ているわけじゃないから良かろうに。その靴にそのシャツの色はない、とか、ダブルスステッチのジーンズは選べ、とか、小難しいことを言う。
伊関の名前を伏せ、一度その話を観春にしたことがあった。これまた後の展開が酷く、観春は何を考えたのか、翌日にはシャツだのセーターだの、ズボンだのをどっさり買ってきたのだ。全て俺の衣服だった。

『自分の同居人がそんな恥ずかしい格好をしていると思われたくない』

という、実に彼らしい理由で、総額幾らかも知れない買い物をしたのである。元よりあいつの思考を読めた試しは少ないけれど、あのときは相当驚いた。
与えられた服は紺、黒、灰色の選色が多く、シンプルなデザインで、俺の好みも割と近かったから、文句もなく着ている。いや、着なければ厭味を言われる。猛禽を想起させる鋭い目つきと、硬質な感のある口脣でネチネチと。堪えられないわけじゃないが、我慢する方が面倒だ、という結論に達するのはすぐだった。観春に対して、あらゆる点で抵抗しているとこちらが疲れてしまう。
最たる打撃はあの顔と、声なんだ。彼の外形を構成するすべてが、冬織と同じだということ。冬織の似姿に罵倒されると、俺の心の、一番浅い部分は毎回懲りずに傷付いた。違うのだと言い聞かせていても、感情は、観春の辛辣な態度に、言葉に、あっさり捕らえられてしまう。
いつまでたっても慣れないのだから、もしかしたら、この先ずっと駄目かもしれない。そんなことを考えながら、まずは携帯でメールを打ち、続けてスーパーの脇にある電話ボックスの扉を開けた。

学校からの帰り路にあり、マンションから割合と近い場所にある中規模のスーパーである。
日々の食料品の大概はここで買い込んでいる。最近増えたモールタイプのそれではなく、完全に食品と日用品に特化したタイプの店で、客はそれなりに多い。少なくとも、バイト先の店長がライバル視するくらいには。夕刻ともなれば、どこからやってきたのかと訝しむほど、徒歩で車で、人が集まり始めるのだ。そんな賑わいの中、駐車場の端に忘れ去られたように佇む電話ボックスは、携帯が普及した世間にはともかく、俺にとっては生命線にも等しい存在だった。ある意味、日常の買い物よりも代用が利かない。

画面で番号を呼び出し、横目に銀のボタンを押した。ほどなく通話が繋がる、ぷつ、という音。



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