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「有名店ってか…、それ、客の構成中年ばっかじゃね」
「女もいる」
「おばさんだろ。しかも近所の」
「近所かどうかは知らないけど…。まあ、そんなに若くはないかな。髪切る奴はそれなりに若い奴いるぞ。俺たちよか何歳上、くらいの」
「それ、修行半分みたいなもんなんじゃねえの」
「考えたこともなかった」

不足が無いので、そんな想像はしたことがない。伊関曰く、それはシフトが空いていたり、修行中の理容師(奴はここを酷く主張した)が、空き時間を利用して働いているような店なのだそうだ。確かに店員の顔ぶれは店長らしき一人を除いて違うような、――そうでもないような。どうも、俺は興味対象じゃなければ相当注意を払わない人間らしい。今更ながら気付かされた思いだ。
業態なんてどうでもいいから、これまた生返事をしていたら、背中をばんと叩かれた。仕方なく奴の方を向くと、肩に腕が回ってきて、あれよという間にのし掛かられてしまった。
寸前までむくれていた顔がぱっと花開いたような笑みに彩られている。俺までつい、口角を上げてしまう。

「山科、素材は結構いいんだからさあ、もっと磨かなきゃ。自らモテポイントを下げてどうすんの」
「…お前はつくづくその手の発言が多いなあ」
「そんな感心したように言わんでよ。命短し恋せよオトメンだぜ」
「…ああ、」

駄目だ。同じ日本語で会話をしている筈なのに、時々(いや、頻繁に、か?)伊関の操る言語が理解出来ない。髪を引っ張られているわけでもないのに、鈍痛を訴える頭の、側面を抑えた。少しは楽になった。

「とにかく、近いうちに切りに行くよ」
「秀吉は厳禁な!あ、オレの行ってるとこ行くなら、招待券やんぜ。カット15パーセントオフ!」

コマーシャルみたいなことを宣いつつしがみつく友人を宥めながら、教室へと戻る。冬の校舎はよく冷えていて、吐息が白く見えてもおかしくないくらいだ。寒さでひきつれた皮を擦り擦り歩くと、伊関が「温めてやろっか」などと道具もないのに実行不可能なことを宣った。息を吹きかけてくれるらしい。全く意味が分からない。
級友たちにとっても理解を超えているようだが、俺にしたってこいつとの付き合いは、永遠の謎だな。



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