真夜中のフィガロ



自分でそうと思っていたことを、人に指摘されると、天秤の皿は一気に決断へ傾く。

養蜂同好会に入っている奴が、休み時間に蜂蜜を数種類持ち込んできて、皆で品評会をしていた。山桜にレンゲ、定番のアカシアと、目の前に並べられた皿には遠慮無く指が突っ込まれている。衛生的にどうなんだ、そもそもその皿、まさか美術部の奴が持ってきたやつじゃあるまいな、なんていう指摘はなくて、クラスメイトは口々に自分の好みを主張していたのだが。

「そういえばオレ、思ってたんだけどさ」

突如、首筋を下から上へざらりと撫でられて、すんでのところで悲鳴を上げそうになる。

「―――ぅ、」

出掛かった叫びを押しとどめ、即座に隣を睨み付ける。触れられたのは首でも、長い腕は俺の横から回っていたのだ。

「伊関…」
「いやあ、ずっと気になってて。ここさ、山科、ちょい長すぎじゃね?」
「…ああ、…まあ…、って、痛い!!」
「何か新しい髪型にチャレンジとかじゃねえよな」
「そんなんヤマの柄じゃないっしょ」
「だよねえ」

シャツの襟近くまでに伸びてしまった後ろ髪の先端をぐいぐいと引っ張られる。

「お前、さっきそれ、蜂蜜舐めた指なんじゃないのか」

力一杯嘆息しながら呟くと、伊関は「ああああ、」と呻いた。声は平坦で、反応はおざなり。つまり全く気にしていない。

「舐め取ったから、大丈夫。女みたいにグダグダ気にすんなって!山科とオレの仲じゃん!」
「何その差別発言〜!」
「ひどいー!」

口々に女子が言い、男子も、

「俺は男だけど気にするわー」

などと援護射撃をする。俺も激しく同意だ。
未だに遠慮呵責なく玩具にされていた髪を、彼の手を振り払うことで解放した。当然ながら地味に痛い。もう一度溜息をついて席を立つと、後ろから上履きを引き摺る音が追い掛けてきた。
ひょい、と愛嬌のある顔が覗き込んでくる。

「なあ、怒った?悪かったよ」

女顔とするのは言い過ぎだが、つぶらかな目や小さな鼻、総体として幼さが濃く残る顔立ちは、実際の年齢よりも彼を下に見せる。身長は俺よりも少し低め、身体つきは平均的な方だろう。中身は男も呆れるほどにがさつだが、植物のスケッチや造園のデザイン起こしは随一の成績だ。家は農家。うちのクラス――いや、コースのムードメーカーでもある。

「怒ってない」
「マジか」
「手、洗おうと思っただけだ。お前みたいにべろべろ舐めて済ませるつもりはないから」
「なんだよ、結局キレてんじゃん」
「怒ってないって…」

外見じゃなくて物言いの所為かもな、と内心でごちながら、水場でばしゃばしゃと手を洗った。そんな俺の様子を見ていた伊関も、水道のコックに手を掛けた。結局洗うのか。まあ、その方がいいと思うけど。

「――ひあっ?!」
「うわっ!」

デジャヴにしては少々時間の間隔が早すぎないか。尻ポケットから広げたタオルで手を拭いていたら、またしても首筋を厭な感触が襲った。今度は冷たくて、濡れていて、比較するまでもなく気持ち悪さ倍増だ。堪えるいとまもなく大声が出てしまい、つられたみたいに伊関も騒いだ。

「伊関…!!」
「ごめんごめん」と、相も変わらず欠片の反省もなく、奴は言った。「だって、ヤマが悪いよ」
「…何が。俺が一体、何をしたっていうんだ」
「少し前から、ずっと気にしてたじゃん。…これ」

またしても引っ張られる、伸びた襟足。痛みを逃がす為に、身体を傾けながら伊関の頭を鷲掴む。つくづく口ではきかない男だ。話しても聞く耳がないのなら、直接黙らせた方が早い。
俺と伊関の遣り取りは、概ねこういう結末になる。性格や他の交友関係は全く違うと言うのに、周囲が不思議がるくらい、伊関は俺を構う。こいつと一番仲が良い奴、と聞かれると、クラスメイトは首を傾げながら俺を指差すという、―――そういう案配だ。
頭に食い込ませていた指先に力を込めていく。すると、彼の口から素っ頓狂な叫びが漏れ始めた。どこから出しているんだ、その声。

「イッ、イイイイイ、痛った!」
「わかっただろ、もう離せ。俺だって痛いんだよ」
「おー…じゃあ、いっせいのせ、な」
「…はぁ?」



- 1 -
[*前] | [次#]

[1HL.top | main]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -