(17)



「今日の青梧はさあ…」
「え」

不意に名前を呼ばれたのでびくりと身動ぎをしたら、逃げると思ったのか、彼はさらに体重を掛けてきた。恵まれた長い手足に叶おう筈もなく、唯一動く首を捩れば、炯々とひかる目が俺を射た。長い睫毛が硬い膚を撫でる。

「…すっげえアップダウン激しい。喜んだり、落ち込んだりさ。犬みたいに走ってきたかと思ったら、今度はパチンコで大負けしたオヤジみたいな顔して。…どうしたよ」

犬ってのはあれか、玄関先に居た冬織を見て、我も忘れて突っ込んでしまったあのときの。自分の恥の歴史に新たな一ページが書き加わってしまったことに今更ながら理解が及ぶ。もっとタメとか作った方が良かったのか。悠然と歩いて挨拶すれば良かったのか。

(「…普通に嬉しかったんだから、しょうがないだろ…」)

腹を空かせた馬が、お行儀良く歩いて人参の下まで行くと思うか?答えはノーだ。さりとて、器用に隠して平気なふりなんて、出来やしない。俺に出来ることといったら、今みたく、羞恥に染まった顔を隠すくらいが精々だ。
内心の声は勿論おさめたままで、微妙な比喩の方にけちをつけた。

「百歩譲って犬はともかくとしてだな、…パチンコとか、ねえし…」
「ええ?すごいよ、パチンコでやらかしちゃったおっさんの落ち込みぶり。進化形で逆ギレ筐体殴りとかあるんだぜ。それ器物損壊だっつうの」
「他にないのか喩え!と言うか、大体なんでそんなの知って、」

吠えた俺の口脣に、ひたりと冷たい指先が宛がわれる。まるで、異なる言葉を引き出そうとするみたいに。

「で、―――どうした?なんかあった?」
「……」

場繋ぎ、あるいは黙り込んだ言い訳に使おうとしていたマグを、やさしく拘束していた手が制した。見るからに冷えてしまった器の隣へ、俺のそれが並ぶ。温かさの象徴のように思えたココアは、まるでタールのように白い陶器の内側に沈んでいる。折角作った癖に全然飲まなかったな。勿体無い、と余所事を考えた。
俺は、台所から寄越されていた視線の理由を遅まきながら悟っていた。ずっと切り出す機会を待っていたんだ、冬織は。
またしてもばれていたとは、―――なおかつ心配されていたとは。まさか、この姿勢って単純にひっつきたかったんじゃなくて、物理的に逃げようとするのを止める意味があったのか。

「失礼なこというなよ」と、あやすみたいに顎の下を撫でられる。「そんな下世話な理由で抱きついたりするか」

疑ってんの、と責める声には僅かに棘。済まなくて目蓋を伏せた。

「…悪い」
「ココアだってどうでもいい。青梧のために作ったんだし。それよか、―――ほら、ちゃっちゃと白状しな」
「…人聞きの悪いこと言うな。まるで人が隠し事してるみたいに…」
「してるじゃねえか」
「…ゃ、っ…」

先ほどまで、掌が擦っていたあたりに、柔らかく濡れたものが吸い付く。舌先でえらをぞろりと撫でられて、つい悲鳴が漏れた。

「お、前…、…ぁ」
「正直に話さないと、強制的に喋らせる」

じじ、と、寝間着代わりにしているフリースの、ジッパーが引き下ろされる音。そこから迷い無く手が差し込まれた。擽ったさに仰け反ると、狙い澄ましていたかのように噛みつかれた。注射部位にするアルコール消毒みたいだった。短く爪先を整えられた指が俺の反応をさぐり、熾火をほじくり返していく。そのしるしを過つことなく、口脣が追い掛けていく。

「まっ、待てって…!」

素肌をまさぐっていた手が尖りを見つけ、からかうように嬲る。また悪ふざけか、と真剣に抵抗しようとした矢先だった。

「…痛ッ、あぁ!」

乳首を常ならぬ力で捻られ、一気に身体が冷える。全身の血が凍り付いた感覚。次の瞬間、どっと熱が戻ってきた。密着している部位から、微かに汗ばみ始めている。あれほど適度に感じた部屋の室温が、今は、暑い。

「やめ、んっ…、厭だ、」
「青梧…」

ローテーブルに俺の脚がぶつかって、ガラスの天板ががたがたと騒いでいる。耳の直ぐ下の、皮の薄いところや、首の脈に沿って冬織が口脣をすべらせた。空気に触れて、軌跡は瞬く間に冷たくなる。俺の口からは、頭を打ち付けたくなるほどに耐え難い、浮ついた声がひっきりなしに漏れ出る。

「ほら、…早く」
「はっ、ふあっ」
「俺としてはこのままでもいいんだけれど…」

胸の輪をなぞられると、応じるように膚が泡立つ。快感に暴れる脚の間に、冬織のそれが這入り込んできた。彼に乗り上げる形で座っているから、俺の状態なんてまる分かりだ。何とか止めさせようと両肘を跳ね上げ―――押さえ込まれ、脚を内側から強制的に開かれる。無防備にさらけ出したそこを、冬織は、もう一本の脚でもって下から擦り上げるようにした。しゅ、しゅ、と単調なリズムが繰り返された。呼吸が荒れる。伴奏するみたいに。

しょうご、ともう一度、自分の名前を聞いた。はだけた首元にさらりと鉛丹色の髪が垂れ落ちるのも、見た。

「い、っ―――!」

乳頭を押し込む勢いで爪が食い込んでいく。引き締まった太股に骨張った尻を押し付け、必死に堪えた。

「…さ、どうする?…俺は、青梧の好きな方でいい」




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