(16)



促されるままにソファへ腰を掛けると、ほどなくして、左右の手にそれぞれカップを持って彼が現れた。煮えた乳とカカオの入り交じった香りがする。色々勿体無いから半纏を脱いでくれないかな、と思うが、気に入っている様子なので指摘するのはやめにした。
礼を言うと、どういたしまして、と耳触りのいい声が返事をする。

早速手を伸ばして中身を覗き込んだ。取り立てて好きってわけじゃないのに、時折無性に飲みたくなるから不思議だ。実家でもそうは出なかったし、普段飲むことも稀だ。でも、なんだろうか、特別な思い出が含まれているような感じがする。単にコマーシャルに影響されただけかもしれないけれど。

「いただきます」

ひとくち、ふたくちと口にする。まず熱さが舌をびりびり刺し、すぐに濃く絡むような甘さと、ほんの僅かな塩気が口中に広がった。

「うまい?」
「おう。うまい。なんか久しぶりに飲んだ」
「たまに飲むからいいんだよ、こういうのは」

自分の分のマグカップを置いて、冬織は俺の隣に掛けた。長い腕がゆっくりと腰へ回され、引き寄せられる。その行動とセットなのかと聞きたくなるくらい、ごく自然にこめかみにキスをされた。いたたまれなくて陶器のふちに歯を立てる。本当にくっつくの、好きだよな。

「…冷めるぞ」
「いいって。青梧だって息吹きかけながら飲んでるじゃん。適温にしたつもりなんだけど」
「なんか反射でさ…って、え、おい」

俺の身体のラインを確かめるように、腰や脇腹を触っていたのがはたりと止んだ。それだけなら驚く要素なんて無いところだが、続けて冬織は、立って、と動作で命じてくる。
変なものでも踏んでいるのかと足裏を確かめたが、心配していた米粒とか虫の類は見あたらない。日々、せっせと掃除しているのにそんなもの出てこられても困るけれど。

「なんだ?」

ココアをちびちび飲みながら立ち上がる。今度は肘を抱えられ、それはやがて腹に回り、腰を下ろした頃には冬織の手は俺の下腹のあたりでしっかり組まれていた。肩口に尖った顎の感触がある。しなやかだが硬い胸の厚みに、身が竦んだ。冬織が低く笑う気配がする。

幾ら空調が効いている屋内とは言え、季節は冬だ。俺の目が節穴でなければ、こうしている間もテーブルに取り残された飲み物は、どんどんと湯気を薄くしているようなのだが、いいのか。

「俺にはこっちの方がいいよ。…あー、充電してるって感じ」と彼は惚けたことを言う。
「はあ」と、俺。

ぎゅう、と締められれば男の力だ、当たり前に背中が軋む。反り返る俺の体躯を、さらに愛おしげに抱き込まれた。ふっと漏れた自分の溜息がいやに満足気で、羞恥に歯噛みする。
どちらかといえば骨太の身体だから痛い、とは思わない。けれど冬織は絶対的な力でもって俺の動きを封じてしまう。いわゆる真綿の、威力とはこういうものかもしれない。

そういえば、観春にもこうして後ろから抱きすくめられて――というと些か語弊があるか――慌てたことがあったな。確か、夏頃だ。
揚げ物をしていて指を火傷しかけて、突如登場した同居人によって、腕ごと流しに突っ込まれた。ままある観春の気紛れとして片付けられなかった理由は、あいつの手が怪我と関係ないところを触っていったからだ。おそろしいことに、冬織と同じような、遣り方で。

触られた途端、この上ない違和感と混乱に襲われた記憶がある。頭は違う、と認識しているのに、身体の方は明らかに与えられる手を受け入れようとしていた。今にして思い返せば、突き飛ばすとかするべきだったのだろうか。
いや、しかし、でも、結果だけ取り出すと、火傷の手当をしてくれたことになるし。冬織のこともあって、俺が神経過敏になっただけなんだろう。

「なに、考えてんの」

耳から融けてしまう錯覚があって、ついそこに手をやった。大丈夫。ちゃんとついてる。

「…お前が悪い。…いや、何でもない」
「うん?」

自他共に認める淡白傾向の俺が、ああした接触に反応してしまったのは一重に冬織の所為だ。

柔らかさも面白味もない、ただ骨っぽく硬いだけの身体に彼は執着する。触れたがる。そうすることで、俺をそこに縫い止めようとするみたいに。惚れた弱みなのか、満更でもなく赦してしまう自分が痛い。赦すどころか、期待しているときすらある。
うちの家族は、別段、不仲というわけじゃないのだが、その手のスキンシップはほぼ皆無だった。女子のじゃれ合いと違って、男のそれはどつきあい八分、まして相手は俺となったら、率先して寄ってくる奴は、冬織を除いては伊関くらいのものだ。その所為か、触られたり触ったり、というのは苦手だったのに。
中学時代、あれが彼女と呼べる関係だったのかは怪しい限りだが、付き合っていた女の子が居た。手を繋ぐことすらあまりなくて、それで、「本当は好きじゃないんでしょう」と別れを切り出されたのは苦い思い出である。
どうやら、知らぬうちにしっかり慣らされてしまったみたいだ。




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