(11)



誰も傷付かないで済む方法なんて、夢だと思う。まだ二十にも届かない年なのだから、もっと刹那的に、行き当たりばったりに考えた方がいいのかも。俺の思考はどうにも重くて駄目だ。何が最善なのか分からない時は、自分のしたいように動くしかないじゃないか。

繋がりは有限だ。第一、人の命にそのものに期限があるのだから。

観春がギロチンの刃を落とさずとも、冬織本人が俺に飽く可能性は哀しいかな、無いと言い切れない。この自信のなさには我ながら失笑だ。

「自信なんて、なあ…」

絶対のよすがみたいなものを、捻出できたらどんなにいいだろうかと思う。
俺はそこらへんにいる男子学生の一人でしかない。頭だって別段良くないし、唯一の取り柄は身体の丈夫さくらいだ。贔屓目なんて使ったところで何も変わらない。…女ですら、ない。
女であれば少しは展開が違っただろうか、などという、これまたどうしようもない仮想をしたのは、冬織に出逢った所為だ。
俺の性的志向は彼と逢うまではごく当然に異性へ向かっていたし、今でも魅力的な女の子と接する時はどきどきする。男と付き合うのは彼が最初で、おそらく最後になる筈だ。
節操なしの代名詞である観春だって、相手にするのは専ら女性である。だから、まかり間違っても、観春と何とかなってしまう確率はゼロ。そして武器になるものは何もない、見事なまでの丸腰なのだ、俺は。


目を閉じた。ぽーん、と軽い音がして、エレベータの中とはまた異なる明るさが、薄い目蓋を射る。今度、靴の下にあるのは毛の短い絨毯の感触だ。


芝居がかった言い回しをすれば、「運命の日」だ。そのときのことをもう一度考える。
観春に彼の存在が暴かれ、俺との関係性が知られたとき、俺はどうするつもりだ?
なるべくシンプルに答えるんだ。シンプルかつ、現実的に。

弁明させてくれ、と乞うだろう。幾度でも頭を下げるし、また、土下座をしたっていい。どうか冬織と居させて欲しい、赦して貰える為なら何でもする、と頼み込むことしか出来ない。あいつが首を縦に振ってくれるまで、何遍でも。

「…はは、」

ほら、簡単だ。結果は分からなくても、自分のやりそうなことなんて、当たり前に自分自身が一番よく分かるんだから。
どうしようもねえな、と、伸びた襟足ごと後頭部をばりばり掻いた。誰も見ていないけれど、照れ隠しについ、手が動く。
一人で足掻いたってどうにかなる問題じゃない。冬織と、俺。二人で相談して、決めなていかなきゃいけないんだ。彼が俺を傍らに置いて、信頼してくれる限りは。
これぞ、下手の考え休むに似たり、っていうやつか。俺みたいに身体ばっかり育って、頭が後から追いつくみたいな人間があれこれ難しく考えても話をややこしくするだけだ。冬織に小言を言われた、まさにそのことじゃないか。本当に、どうしようもない。


話がそれるようだが、観春の住むマンションは1階あたりの部屋数が少なくて、しかも集合住宅の癖に塀や門扉なんてものがある。初めて連れてこられた際にはコメントすらできないくらいに呆然としたものだ。南向きの角部屋へは、エレベータ・ホールから部屋の門扉まで、童話のパンくずみたいにフットライトが続いている。

駆け引きや計算が皆無の、およそ芸のない行動を思い浮かべてひとり苦笑していたつもりだった。動かしでもしないとこちこちに固まりそうな足は惰性で動かしていた。

だから、

「何がそんなにおかしいんだ?…青梧」
「…っ?!」

薄い口脣からけぶる呼気を吐き出しながら立つ存在に、全く気が付かなかったのである。
顔を跳ね上げると、アーチ状の門扉に背をもたせかけ、長い脚を緩く交差させた気怠げな姿勢で、華やかに笑う男が居た。玄関灯にぼんやりと浮かび上がった影は、袖や襟がすり切れたぼろい半纏(俺のだ)を羽織り、ロングTシャツにジーンズ、とどめに突っかけというぐだぐだな風体だった。それでも美形というものは損なわれないらしい。全く世の中ってやつは不公平だ。
彼の姿を認めた途端、早足は自然に縺れた駆け足になる。みっともなさを気にするいとまもない。近所迷惑も顧みず、ばたばたと走る。
明るい笑い声と共に、長い腕が広げられた。的のように広げられたそこへ、一息に飛び込む。長身は、小揺るぎもしなかった。
彼の鎖骨のあたりに、額を擦りつけていると、おもむろに顎が引かれた。口脣を、夢中になって合わせる。呼吸を忘れてしまうくらいの必死さで。

こんな風に微笑み、丁寧に名前を呼んでくれる相手を、俺はひとりしか知らない。


――――おかえり、と冬織は言った。





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