(2)



「大体お前いつからそんなキャラになったんだよ!薄利多売のモットーは一体全体何処に行ったんだ!」
「別に安売りしてねえし…。十和田こそ、また女変わったらしいじゃん。意外としつこくてやだ、とか言われちゃったんじゃねえのカワイソウ」
「う、ちが、」
「肉食系はともかく野獣系は敬遠されますよー」
「ざっけんな!」

ついに立ち上がった彼は、白柳を指差しながら悪態を吐き始めた。他人事のように聞き流している様子の友人は、額まで赤くしてぶるぶる震えている十和田をほったらかしに、計算を再開させている。白柳に聞く気がないと判断したのか、その糾弾の矛先は僕に向いた。

「お前月下、お前が下向いてる時とかコイツがどうしてんのか知ってる?すっげえにやつきながら見てんだぜ、そっちを!」
「は、はあ…」
「はあ。じゃねえよ!何とかしろよ!ピンクのオーラが出てるんだよ!」
「え、でも、そんなの見えないし…」
「考えるな!感じろ!!」
「ええっ…」

返答に窮していると、浮遊感に溢れた挨拶が聞こえてきた。近付く気配。
そして、

「十和田って第六感とかあるひとなの?凄いなあ」
「……!電波!!」
「おはよふぁー」

僕以上の盛大な欠伸を零しながら、文庫本を片手にやってきたのは糸居だった。もこもこのダウンジャケットに埋まった身体がのんびりとやってくる。それに併せて十和田がじりじりと後退していき、ついには壁に背中をつけてしまった。

「今度キルリアン写真でも撮ってみよっか」
「それで撮れるの?オーラ。便利な世の中じゃん」と白柳。
「機械高いから自作するしかないかもしんない」
「高いって幾ら?」

多分、相槌の一環であって、真剣に聞く気はないんだと思う。顔も手も、レポートに向かったままだから。隣の十和田が凄い勢いで、手を横に振っている。間違いなく拒否の仕草だ。早く話を打ち切れ、とか、そういうことなんだろうな…。

「ふえあ、えーと、五十万くらい…なんか、通販…」
「高けえよ。帰一君、壺とかはんことか買わされたら駄目よ」
「んー」
「おま、イトイ、てめぇの席そこじゃねえだろ!」
「だって俺の席、他のやつ座ってんもん。別にどこでもいいし…席変わっても授業聞けないわけじゃないし…、寝れんわけじゃないし…」

ジャケットを脱ぎもせず、椅子をひいたと思ったら、彼は僕の隣に座ってしまった。つまり十和田の前だ。ひい、と喉を鳴らした長身の彼は、こぼれ落ちそうな目玉で周囲を見回した。生憎、ホームルームが近くなってきたこともあって、席は埋まりつつある。流石に申し訳なくなって、僕は自分の机に戻ろうと思った。それぐらい、十和田の狼狽ぶりは凄い。立派な体格、男っぽい顔立ちなだけに憐れさが際立つ。

「あ、あの、僕、戻るよ…」
「えっ」

白柳が呆然とした声をあげた。今度は、作業の手が止まっていた。さらに済まなくなって、一刻も早く立たなくてはと思う。

「十和田、座れないし。白柳の仕事の邪魔もしちゃうし…」
「サカシタ、どこ行くの?」
「え…?」

茫漠とした視線がひたり、と僕に当てられた。半眼の糸居が、腕枕からこちらを見上げている。

「えと、じ、自分の席だけど…」
「何のおかまいもできませんがー」
「へ…?」
「どうぞ、ごゆっくりー」
「――だって、」と、白柳が笑った。「ゆっくりしてけ、って」
「……」

気を、遣われているんだろうか。
あまり言葉を交わした(というか、そもそも糸居自体が他の人と話しているところを見るのが稀なのだ。何せ彼はほとんど寝ている)ことの無い彼に、声を掛けられる所以が思い当たらない。それでも、言われるがままに腰を下ろしてしまった。ああ、でも、十和田が。

「あの、十和田」
「ゆ、ゆ、ゆっくししてってよ!」
「……」
「呂律がおかしいよトーワ」

白柳の冷たい突っ込みが聞こえていないのか、十和田は引き攣った笑みを浮かべた。なおかつ、僕の肩にがっしと手を掛け、座る動作を助けてくる。どうした風の吹き回しだろう。

「…頼むから、この電波野郎の注意をそらしておいてくんねえ?」
「…え、えっと」
「こいつと喋ると俺すっげえヒットポイント削られんだよ。今更教室出て行くわけにもいかねえし…」

久馬も城崎もまだ戻ってこねえし、とぼやく、その太い眉が八の字に垂れている。僕は頷いた。迷惑を掛けているのだ、少しでも役に立てることがあれば。



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