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「…ほんとう、たららさんは家事駄目ですよね…」
似たような顔の、似たような声の子どもが嘆息したように言った。納豆と白飯。焼いたソーセージ、インスタントの味噌汁。トマトは丸かじり。おれにしては百二十パーセント頑張ったつもりだけれど、この小綺麗な顔の少年には些か不満らしい。
別に何も悪いことをしたわけじゃないのに、おれは俯き加減でちゃぶ台の前に腰を下ろしていた。日曜日の朝だ。一人のときは昼まで寝ていた。契が来てからは、そんな大人の生き様を見せたら駄目だと思ってちゃんと起きている。
「でもがんばった」
「それは、わかりますけれど」
けれど、って時点で認めてねえってことじゃん。反論を封じられている理由は、この献立じゃなくて洗濯の方にある。台所で使うふきんと、靴下と、パンツを一緒に放り込もうとしていてすげえ怒られた。あんた意味分かんない、とまで言われた。なんでそこまで言われなきゃならんのだ。
「だって、パンツで口を拭いたりしますか?」
「……」
どうだろ。他に使うものなかったらするか?
「考えないでくださいよ」
父親譲りの黒髪を、前からかきあげながら溜息を吐く。その仕草にどきり、とした。よくある癖かもしれない。でも、あまりにも、似すぎている。
「これは、もう、俺の仕事にするしかないですね」
「え、」
「だから。これから、俺がメシ作るんで、たららさんはしなくていいです。洗濯も、おれがします。というかしなくちゃいけなかったんです。世話になってるんだから」
母さんと住んでいた時は、その手の家事って俺の仕事だったから、慣れているから平気です。取り澄ましていう、そっぽを向いた横顔の頬から耳の部分が僅かに赤い。こいつにしてみたら、決意の上での提案なのだろう。何となく、そう思った。
「…じゃあ、おれは何をすればいいわけ」
「はあっ?」
考える前に、言葉がぽろりとこぼれ落ちた。酷く心許なく感じて、床に手をつく。視界がぐらぐら揺れる。気持ち悪い。まだ何も食べていないのに。
「たららさん、…大丈夫ですか?」
「…大丈夫だ。べ、つに、なんでもない」
「…無理しないで下さい。……何を、って、だって、たららさん、仕事してきてるじゃないですか。家のことは、いいです。…一緒に住んでるんだし」
記憶の中にあるそれよりも、随分若い声だ。口調だって違う。なのに、自分の尻尾に噛みつく蛇みたいに、物事が循環している。目を閉じて、シャツ越しの胸に爪を立てて呼吸を整えると、段々楽になってきた。開けた視界に、誰かの膝頭が見える。
「「 」」
理想的に口脣をつりあげた、整った顔かたち。黒い髪。しっかりと筋の張った腕。心の底をざらざらと撫でながら、名前を呼ぶ。目を細めると、困ったように表情が幼くなった。
「…わかったよ。―――けい」
おれの返事は、今も昔も変わらない。
>>>END
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