(2)



気付かれていないのをいいことに、オレは月下の観察を続けた。斜め下、という珍しいアングルから見上げる面はしろかった。格別長くもない睫毛が目立つのは、髪の色と同じで黒く、濃いからだ。全体的に小作りな造形で、口脣のいろは淡い。腺病質とは言わないが、ポキッといきそうな当初の印象は変わらずにいる。典型的なもやしっ子。
この、弱々しげな雰囲気が、ふとしたきっかけで明るく綻ぶ様はある種見物だと思う。現に、兄貴の話を発端に彼が目を輝かせ笑ったとき、オレは感銘すら覚えた。

注意深く見ていると、ハコが居る時、まま仄かに微笑む彼を見ることが出来る。
ならば、と、キノの癇癪の合間を縫ってオレが喋りかけてみたのだが、途端に萎縮されてしまう。困ったように伏せ目がちになる姿は見ていて楽しいものじゃない。
…伊達に避けられていたわけじゃないらしいぜ、オレ。

この負のスパイラルは随分前から繰り返されていたようにも思うし、正しく記憶のある通り、ごく最近の出来事のようにも思える。どちらにしろ、明快なのはうまい解決策が浮かばねえってことだ。


それにしたって、見事なまでに月下は動かない。うちの担任、剣菱の爺さんと飯を食うときはもっとリラックスしているんだろうなあ。
つまりこの、教室に留め置かれている状態は彼にとって異常事態なのである。
原因はオレ。
分かっちゃいるが、逃がしてやるつもりは毛頭無い。成り行きで校外研修の班が一緒になったってのもあるし、何故、オレを避けてきたのか、それをいつか、聞き出してやろうと思っているのだ。

(「…しかし、こりゃ、まるで石像だな」)

はたして息をしているのか、彼の口の前にハンカチでも吊り下げてみたくなる。時折する瞬きと、薄く上下する胸板が月下の生存を教えてくれる。
はて、そんなに面白いものが前にあるのだろうか、と同じ方向に視線を遣ったが、ぎゃあぎゃあと騒ぐ同級生の一団が居るだけだった。取り立てて愉快な眺めというわけでもないだろう。だれた昼休みの風景はオレにも彼にも馴染みのものの筈だ。

本日の月下がここまで待機モードになっているのには理由には、思い当たるところがある。一番口をきく白柳が不在であるからだ。
サボタージュ、と言ってやりたいところだが、生憎と生徒会の招集で会長に呼び出され、昼休みいっぱいを空けるという、奴らしからぬまともな用事だ。従って、同じく役員である輕子も居ない。月下は黙るしかないのだ。

ここは、オレが声を掛けるしかないだろう。そう思ってさっきから機会を狙っているにも関わらず、ぶすぶすと容赦なく突き刺さるキノの視線が痛くて、事を起こせないのである。べ、別に臆病風に吹かれているわけじゃねえんだからな!
予見しうる、後の災禍を避けるのは君子の定法だ。…というのは、あまりにも柄じゃないのでやめておこう。

グダグダ悩むのはオレの業じゃない。

(「―――よーし、」)

「さかし、」
「キューマ!」

そのときのオレの形相を仁王いや、不動明王かくやと、ペンの徒、立待 斉彬が評したとか何とか…。



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