(1)



昼飯をたいらげ、机の上に両腕を放り出して満腹感に溺れた。窓越しの冬の日は温かく、空調の効いた教室内は、休み時間の弛緩した空気が野郎の熱気で膨らませられて、いっそ暑く感じるほどだ。
部活柄、食い過ぎはよくない。間食し過ぎると監督にも顧問にもブースカ言われる。

オレはそりゃあ、地区大とか国体とかの常連で、レコードがつく類の成績を持ってはいる。だが、特待じゃないから精神的に余裕がある部分は、存在すると思う、多分。だから自分でコントロール出来る範囲については、買い食いもするし、炊飯ジャーだって空にする。

例えば友人の城崎は、陸上の成績で引っ張られて入学してきたクチだ。
こういう連中の多くは、学業成績はそこそこ(中にはちゃんと出来る奴もいる)、とにかく一にも二にもスポーツの成績が重視される。
阿呆な奴らは「足が速ければバカでもタダで学校居られるんだからいいじゃん」などとほざく。いいタイムが出て当たり前、入賞するのは当然。ひとつ段を踏み外すと自分の居場所が無くなる世界を、想像出来ないから言える台詞だ。城崎たちがどれほどの辛酸を嘗めて練習をしているのか、試合に臨んでいるのかを知らないのだ。

あいつはキレやすいし、顔だけじゃなくて時々頭までサルになるけど、本質的にはすっげえいい奴だ。練習もサボらないし、他の奴の応援だって忘れない。オレの言うこともよく聞くし。後は月下関係でねちねち文句を言わなければ、ハコとくだらない喧嘩をしなければ、けちの付け所は特に無いんだが。…両方とも改善の予兆はねえな。



その城崎――キノ、が、二、三席離れた処から、思わせぶりにこちらを見ている。言いたいことがあるならはっきり言え!と詰めてやりたいのはやまやまなのだが、目下、オレの意識を占めているのは隣の席で硬直している同級生の方だ。


(「…月下…お前、なんなの…」)


だらりと伸ばした腕をカモフラージュに、前方を向いたまま微動だにしない彼を見上げる。

昼飯を一緒に食うようになってから少しばかり経過したけれど、月下の慣れ無さ加減は表彰ものだ。むしろ、早々に慣れたのは月下の、隣の席のクラスメイト。
午前の授業が終わり、教師が立ち去るとほぼ同時に離席するようになった。オレがそいつの席を占拠する気満々だと、理解してくれた模様である。平和的な解決、実に感謝したい。

一方の月下はと言えば、最弱のニワトリよろしく、手製の弁当の中身をつつかれ(犯人は主にオレとハコである、)それを非難もせずに諾々と受け入れている。単純に途方にくれているだけかもしれないが、あまりにも抵抗がないので逆に罪悪感すらおぼえる。オレにこんな感情を抱かせるなんざ、後にも先にもお前が初めてかもしれんよ。


さて、本題に戻ろう。
基本、彼は「本当に食ったのかよ」と思うくらいの飯を食い終わった後も、特に何をするでもなく座り込んだままだ。こちらが話しかけるとぽつぽつと返事をするが、月下から喋り掛けてくることはそうはない。
オレが口火を切ると、キノが非常に(ここ倍角で下線)、非常に喧しいので、大概は白柳に任せている。あいつは放って置いても全力で止めに掛かってもよく喋るからな。ああ、時々、輕子や立待なんかも混じっているか。

で、キノはハコが嫌いなのでなるべく干渉を避けようとする。邪魔が入ることなく交流が成立するわけだ。必然的に月下が一番よく会話をする相手はハコになり、二人は仲良くなり、オレは名状し難いフラストレーションに陥る、と。

(「いや、別に欲求不満じゃねえし…」)

近頃、ことあるごとに母親にからかわれるネタだ。あんた、最近欲求不満なんじゃあないの?風呂からパンツ一枚で廊下を練り歩いても、夢見の悪さに苛立って朝飯のソーセージを串刺しにしても言われる台詞。お袋こそ言うことマンネリなんじゃねえの、更年期障害?と言い返すと、包丁片手に追い掛けてくる。全く、我が母親ながら恐ろしい鬼ババである。



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