(16)



ばん、と教室の扉を開く。
残り二十分を切った休み時間を惜しんで、クラスの連中はどんちゃん騒ぎを継続中だ。たむろっていた席の辺りを睥睨すると、心ここにあらず、と言った様子の十和田と橿原が二人でばば抜きをするという不毛な暇潰しをしていた。橿原が先に顔を上げ、ふんぞり返ったオレの背後に友人たちの姿を認め、爽やかに微笑んだ。十和田もつられたようにこちらを見遣る。短髪をばりばり掻いてから、済まなさそうに片手をあげていた。

「よう、おかえり」
「おう」
「何だか後ろ全員疲れてね?」
「気の所為だ」

言下に言い放ったオレは、原稿が落ち着いたのか、虚脱した様子で水を飲んでいる立待を呼んだ。

「糸居起こせ」
「えええ、マジで!」
「マジマジ、大マジ。ほれ、頼むよゴッドハンド」
「こいつ機嫌悪くなるとリーマン和がどうこうとか下ダルブーとか、pi+1 マイナス pi イコール 1/nとか…もうとにかく、訳わかんねえこと言い出すんだよ…」

それでも立待は手をわきわきさせながら、骨を失ったみたいに伸びている首席氏に寄っていってくれた。

「ふおっ」
「よお、糸居」
「…さっき寝た筈なのに、起きているってことは…、これは、…夢?!」
「なわけねえだろ。前向き過ぎだ」

前髪ごと目を擦っている彼を引っ張り出し、思い思いに席につく三人に声を掛けた。唯一人、所在なげに棒立ちしている彼へも。

オレは別にやさしくなんてない。ハコや…彼、に、格別甘いつもりはない。でも、もし、他人が少しでもそう思うのなら、理由はひとつだ。
オレの周囲の連中が、此処にいることで何の引け目も感じていないように、月下にも普通で居て欲しい。あれほど雄弁な眼差しを固く閉じ、息を殺し、―――自分の存在を空気に溶かすみたいなことは、絶対にさせない。うちの班に来たっつうことは、つまりはそういうことなんだ。
きっかけは埜村でも、教師のはかりごとでも、何でも良い。


―――だから、分かれ。


「まだ時間あっから。今度は全員ピンで、ウノやるぞ」


儚く笑った月下の表情は、及第点には程遠かったが(オレがその意味や真意を知るのは、随分と後のことだった)、オレは席の、隣の座板を叩くことで彼の恭順を受け入れた。


勝敗の結果?
そんなのオレの勝ちに決まってるだろ。月下がワイルドドボンカードなんていう極悪札を引いたときはまさか、と思ったがな。因みに鈍ケツは気が抜けたらしい橿原だったので、音楽選択で流行っているシューベルトの魔王ごっこをやって貰った。相手役は準ドベの輕子。なかなかシュールな眺めで良かったぜ。


>>>END


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