(15)



ああ、この瞳だ。視線の移動のついでみたいに、オレの表層を撫でるようにして月下の濡れたそれが、一瞬、留まる。すぐに前を――多分、ハコたちの居る方だ――向いてしまって、漠然と惜しい、と思う。…惜しいってなんだ。意味がわからん。

もっと意味不明なのは彼の言葉の方で、動作に気を取られ、発言の内容が遅れて頭に入ってきたところで、こう、首の付け根から頭までが下からわき出るみたいにぶわ、と熱をもった。


――は?優しい?誰が?!


愕然となって足を止める。果たして、そこには顎を外しそうなハコと、驚きを通り越して無表情になっている輕子が居た。廊下には城崎が落ちている。お前ら驚き過ぎだ。顔面を強打したキノがくぐもった苦鳴を上げている。

「だ、大丈夫、城崎…」
「う、は、鼻、打った…」

真っ先に救いの手をさしのべたのは誰有ろう、月下だった。流石のキノも、大人しく差し出された手に縋って起き上がっている。ショックで取り繕う暇が無かった良い証拠である。因みにオレも驚愕のあまり目下フリーズ中。ハコがわなわなと口を開く。

「ちょ、さ、月下…?城崎はね、『甘い』って言ったんであって、『優しい』なんて一言も…」
「大して意味、変わらないんじゃないかな…」と、彼は物凄いスルースキルを発揮してくれた。いや、翻訳スキルか?「久馬は、やさしいよ。…白柳、君も」
「うっ…」

親友は憐れなほどに真っ青になった。人間見当違いの評価を与えられると、恥じ入るか処理しきれなくて動揺すると見える、つまりはこいつもきちんと霊長目ヒト科ヒト属変態だったわけだ。良かったな。
空手になった掌で顔の下半分を覆う狼狽ぶりで、ハコは縋るようにこちらを見た。必死に立ち直りを試みていたオレと視線が合う。そして、噴出した。…いや、お前、それ、…吐くのか?

「久馬が、きゅ、キューマが、照れてる…」

ぜえぜえと浅い呼吸をしながら、奴は手前に居た月下にもたれ掛かった。彼はびくん、と反応をしたものの、白柳を支えてやっている。

「キモい…、キモすぎて、今なら昼食吐ける…」
「トイレならそこを左に曲がってすぐだ」

失礼な物言いに即座に回復した。ありがとうよ。本気で礼なんざしないけどな!

「おい、月下。そんなやつ落としちまえ」
「え、…でも、」
「久馬もトイレに行った方がいいんじゃないか。病気みたいに顔真っ赤だ」

城崎を助け起こしながら、輕子の阿呆が余計なことを提案してくれた。病気とか、心外なんだが。つうかオレ別に照れてねえし!ざっけんな!

「教室戻んぞ!」

肩をいからせながら大股で歩くオレを筆頭に、残り二組はまるで敗残兵のように後を追ってきた。その間もクソ柳は「寿命が縮んだ」とか「心臓止まるかと思った」などとナチュラルに喧嘩を売ってきたので、後であいつのオーディオプレーヤーをすり替えて、全曲中学生日記に入れ直してやろうと決意を固める。道徳の授業を聞くと脳細胞が破砕されそうになる、とほざく筋金入りの社会不適合者だ。地獄を味わうがいい。





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