(13)



「僕は、僕の所為で君たちに不和を起こすのがいやだ」

喉につかえていた想いを吐露するように、彼は言った。

「白柳と君が、君と城崎が、十和田が――、僕が入る所為で喧嘩したり、気まずくなるのが堪えられない」
「…ばっかじゃねえの」

こちらも負けじと吐き捨てる。月下が涙を目尻に溜めたまま、激したようにオレを睨めかけ、すぐに逸らした。ざまあみろ、という言葉が浮かぶ。自分が引き起こした彼の変化が、オレに不可思議な愉悦をもたらしている。

「ばかじゃねえの」とオレは、もう一度繰り返した。「そんなん簡単になるくらいなら、あいつらと仲良くなんてなってねえし。実際そうなっても好きにすれば的な」
「ええっ…」
「お前ねえ、考えすぎ。あと思考が重すぎ。もっと楽に考えろよ。たかだか校研の班なんだから…」

あー、この台詞は微妙だな。少し前にオレがハコに言われた台詞だ。
あのときオレは、月下を入れたい、と提案してきた親友に食って掛かった。小汚い部屋で取っ組み合いを演じ、なおかつ馬鹿にされ、ガチムチ埜村を撃退し、剣菱にはめられて今に至る、になっちまったわけだ。その間に「月下にほだされ」が入るかもしれない。…そうか、オレ、月下にほだされてんのか。
近い距離で、息を潜めて、まるでオレから気配を殺そうとしているかのような彼を、ひとしきり見下ろした。別に小動物とか興味ねえし、どっからどうみてもモヤシだし。興奮して、顔が紅潮すると少しは色っぽい感じになるけど。

(「…ん?」)

色気とかいらなくねえか。一瞬過ぎった危険思想にぶるぶると頭を振った。いかん、ハコと十和田に毒されているんだろうか。

「…まあ、とにかくだな。今更抜ける、とかどだい無理な話なんだからどんと構えておけ。言わせたい奴には言わせりゃいいし、少なくともオレは、…気にしてない」

語尾がらしくなく細ってしまったが、今更言い直すことでもない。腕組みをし、もう一度壁に背を寄せると、月下もオレの隣に大人しく立ったままになった。少しは元気になったかと伺い見る。


―――…絶句した。


「…お、おい。お前、だ、大丈夫か…?」

かたかたと震える小さな顎、血色を失った口脣。胸の手前で組まれた手は、自分の甲を傷付けそうだ。忙しなく瞬きを続ける双眸の先は頼りない。

「ぼ、僕、ぼくは…」

放っておくと本当に皮から血が噴き出しそうで、思わず細い手首を掴んだ。抵抗するかと思いきや、彼はされるがままに、オレに揺さぶられた。頬を軽くはたこうとして――流石に躊躇う。そこまでの間柄じゃねえのに、いや、だけど。
駄目なんだ、と、意味不明な呟きを漏らす相手に覚悟を決めた。正面から向かいあって、ぐっと身体を寄せる。顎を掴んで、彼の目を覗き込むように視線を合わせる。

「さかし、」
「――――あっれ、何?修羅場?」

まったくどいつもこいつも!!
脳天気な声の主を、振り返らずとも誰なのか分かっていた。だから、慌てて月下から距離を取る。解放された彼は、冷たい壁に半身をもたせかけて、オレ越しの、その先を見ていた。
ひとつ、溜息を吐いてから振り返る。案の定、へらへら笑っている白柳――と、輕子と、二人の間で宇宙人宜しくぶら下げられている、


「ちくしょう、離せっていってんだろ!変態!輕子ォ!」


城崎のお猿さんが居たわけだ。



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