(12)



窓辺に寄りかかっている奴、アトリウムに向かって据え付けられているカウンターで、参考書を開いている奴、思い思いに休み時間を楽しんでいる同級生の間を縫って廊下を歩いた。特に目星がついていたわけじゃない。探す、と言った手前、取りあえず出てきただけのことだ。
教室から掴んだままの、月下の手は、未だにオレの手の中にあった。さきほどもそうと感じたように、こちらの膚に吸い付く程度に汗ばんでいる。熱っぽい、とも言える。振り返って確認すると、顔を赤らめ、よくわからない方向に視線を飛ばしたままで縺れるみたいに歩いていた。

「……」

少しスピードを緩めながら、それでもずんずん前へ進む。

(「…何だって城崎はあんなに絡むんだ…」)

前から怒りっぽい奴だとは知っていたけれど、まさかあんな乙女行動を取るとは思わなかったぜ。絶叫しながら全力疾走って、自分でやってて恥ずかしくねえのか。

考えられる可能性はひとつ、白柳が気にくわないからだ。白柳が構う、月下が気に入らないからだ。だけど、それにしたって遣りすぎじゃねえの。
オレはオレで、彼に対して自分本位の態度を取りまくっていたというのに、そのときは見事に棚上げしていた。後々、ハコに「考え無し」と嘲られる挙動を自覚することもなく。

「…久馬…」
「あぁん?」
「ご、ごめ…少し、早い…」
「…あー。悪かったな」

物思いに耽っている内、またしてもスピードを上げていたらしい。背中を打った哀願するような声に、オレは足を止めた。階段の踊り場だ。このまま直進すると、教職員室や生徒会室、部室を繋ぐ共有棟に入る。廊下にはちらほらと学ランやセーラー姿の生徒が見える。
そうと悟られたくないのか、月下は細く深呼吸を繰り返していた。相変わらずこちらを見ない、いや、見ているけれど、視線はオレの鎖骨の辺りだ。

「きの、さきの…行ったところ、分かってるのか…?」
「さあ」

そんなこと気にしていたのかよ。あそこから連れ出して遣ったって言うのに。些かうざったくなりながら、耳の後ろを掻いた。どいつもこいつも、友情ごっこにはまり過ぎだ。

「でも、あいつ、きっと落ち込んで、」
「そんなん、女じゃ」

女じゃねえんだから、と続けて、言葉を噛んで殺した。うちの母親に聞かれたらボコられそうな物言いをするところだったぜ。「その女から生まれたのは何処の誰かな!」とかほざきながらチョークスリーパーとか。ねえし。

「…餓鬼じゃねえんだから、自分で何とかするだろうがよ。そもそもアイツはお前が気に入らない、つうか、ハコが嫌いで八つ当たりしてんだ」
「そう、なのか…?」
「そーなんですよ」

壁にもたれ掛かり、投げ遣りに言う。何処に行っても、この地点を通らなければ二年V組の教室には戻れない。授業が始まるまでここに立ちん坊していたら、厭でもキノに出逢えるだろう。なんだかんだで結局あいつを探す羽目になっている状況が嘆かわしいったらありゃしねえ。こういうことするから、余計に話が拗れるんだよ。

「…皆にも、本当に悪かった…」
「おい、」
「……」
「…月下」
「え、あ…」

ぎっと睨み付けると、彼は哀しげに目を伏せた。その様に僅かに怯みかけたけれど、…言わねえと。

「オレが良いっつったら、良いんだよ。第一、校研の打ち合わせはまだ先だ。そんときで充分じゃねえか」
「……」

オレ様本位論だと納得しないか。仕方がない。こちらから出来るだけ視線を逃がしている月下の前にずいと立つ。こいつ、本当避けるよな。朝練のときは、走ってるオレの姿をむずがゆくなるくらいに見物している癖に。

「じゃあ、お前はどうしたらすっきりするんだよ」
「僕は…」
「さっき挨拶もした」

些か強引だったけどな。

「オレから比扇と卯堂と、橿原には伝えてた。全員が全員、大歓迎でお前を入れるわけじゃねえことくらい分かってんだろ。少なくとも同じグループはオレとハコだ。オレは…置いておいて、ハコはそもそも、お前のこと入れたいって言ってたんだから。それで充分なんじゃねえのか」

先ほどまでは薄く紅を刷いたみたいな顔色だったのが、今は紙のようにしろくなっていた。じく、と胸のあたりが疼く。見慣れた横顔は陰鬱そのもので、――そういうツラをしているとき、彼が言いそうなことは見当がついていた。



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