(11)



「引越の挨拶でも新聞の勧誘でもヤのつく自由業の仁義でもねえんだから、そんなグッダグッダダッラダッラ面倒っちいことほざくんじゃねえ!お前は公園デビューの先輩ママか!」

十和田が、えええ、と非難がましい声をあげながら首を横へと振る。ええい、やかましい。
お前が珍しく正論っぽいことを言うからややこしいことになるんだよ。いつものように「同意の上での乱交パーティーって何が悪いの?」とか真面目な顔してほざいていればいいものを。

「いや、今回俺にしては相当まともなこと言ってると思うんだけど!」
「慣れない真似すんじゃねえよ!天候不順になるだろうがこのボケ!!」

橿原が手で額を押さえてがっくりと項垂れた。我ながら酷い言いようではあったが、こういうのは勢いだからあまり真面目に受け止めないで欲しい。じゃないとお前、その年で毛髪が貧しくなるぞ。後で何かフォローするって。
突然、喧嘩を買ったオレに、隣の彼すらも、それとなく距離を取り始めているのが分かる。僕、退き気味です、というのを態度と行動で示されて、何かもう反射で手が出た。

「いッ…?!」

猫の子にするように、細い首根っこを掴む。うわぁ、マジで細い。もやしだ。しかも、勢いよく血が流れている感じが掌に伝わってくる。脈動と、体温と、僅かに汗ばんだ膚の感触で、月下の緊張が相当なもんだって分かる。

「月下ァ!」
「ひゃ、ひゃい…!!」
「挨拶はァ!!!」
「よっ、よろしくお願いしますっ!!」

裏返った大声で、流石に、喧噪に溢れていた教室の連中が静かになった。一気に視線が集まって、月下は可哀想なくらいに真っ赤になった。筋という筋が凍り、視線はふらふらと彷徨う。
勿論、オレはこれ見よがしに彼を引き寄せたまま、にやりと笑ってやった。

「十和田ちゃーん?橿原くーん?」
「ハイ…」
「お、おお…」
「ちゃんと聞こえましたかー?」
「きこえ、ま、した…」
「よくできました」

今度は縦方向にぶんぶんと頷く十和田。もげるぞ。二人の背後に居た比扇や安納たちまでつられたみたいに首肯している。立待は一人、血走った目玉でキーボードを連打していた。…オレはお前のそういうところが好きだ。
鼻息をひとつ吐くと、小刻みに震える体躯を離してやることなく、オレは廊下へ続く扉へと向かう。月下は引き摺られるようにして着いてきた。顔色がすっげえ悪い。まさかと思ったら呼吸を止めてやがった。

「月下、息!息!」
「―――っは!は、は、はあっ!」
「久馬!」

薄い背中を撫でながら、背後の声に応じた。机の上には散らかったカラフルなカード。下手すると戻ってくるころには昼休みが終わっちまうかもしれねえな。少し惜しい気もするが、まあ、いい。

「城崎探してくるわ」

脱力した橿原と十和田が崩れ落ちる音をBGMに、教室を後にする。水を打ったように静まりかえっていた部屋の中は、再び賑やかさを取り戻していた。馬鹿馬鹿しい茶番だったが、某かの効果はあるだろう。一歩遅れた位置から追い掛けてくる彼が、安堵の溜息を漏らす。それを耳にして、オレはようやく肩の力を抜いた。



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