(10)



「お前が見つけてどうすんだよ。久馬と仲良くしませんから戻ってきて下さい、とか言うわけ?」
「…っ、」
「十和田、」と橿原。しかし、友人を見、月下を見、とやってはいるが、今までと違い、あまり真剣に止める気がないのが、分かってしまった。こいつは輕子の次に城崎と仲が良い。

オレはひたすらに月下を窺う。まず口を開いたのは、…十和田だった。

「かっしーは黙ってろよ。いや、オレはいいよ?校研でつるむのも、メシ一緒に食うのも。でも、こいつから何も聞いてねえもん。ひーちゃんからは、そりゃあ聞いたよ。月下が入ってくるって。久馬が入れたんなら基本的に構わねえけどさ、何か、本人から一言あってもいいんじゃねえの?」
「……」
「一応、これから俺らのグループに入るってことっしょ?普通挨拶くらいしねえ?」

これには橿原も同意するところがあったのか、友人の肩を抑えようとしていた手が中途でだらりと垂れた。十和田と同じく、突っ立った彼に視線を遣る。
会話はあくまで通常のボリュームで、教室のほとんどがこの遣り取りに気付いていないようだった。近い席に座っていた安納たちが何事か、と振り返っていたが、何でもない、と手を振ってやった。

「じゃねえとキノが可哀想じゃん。あいつ最近、ただでさえ白柳の所為でストレス溜めてたのにさ。…久馬も構ってやらねえし」
「僕は、」

俯いた面はしっかりと目蓋を下ろしている。脇で握り締められた拳は、力を孕んで白い。泣くのか、と漠然と思った。それくらい、張り詰めた精神の糸が、細く、脆く見えたから。
ふいに、月下は顔を上げた。十和田を凪いだ目で見返した。酷く覚えのある目つきだ。

「…僕が、君たちのグループに入れてもらうのはこの、校外研修のときだけだ。他に、迷惑は掛けない」

平生の、おどおどとした調子が嘘みてえだ、と思った。だが、顧みれば、彼が気弱な態度を取るのはオレに対してくらいで、他の連中と相対しているときはただ空気のように、息を潜め、存在を殺すように振る舞っているだけで、決して被虐者なわけじゃない。それを見せつけられた気分だ。
中学のときは、彼もこんな風に当たり前に喋ったのだろうか。さっきみたいにゲームに興じたり、友人と笑い合ったりしていたのだろうか。

「今回は先生が口添えをしてくれて、特に久馬と白柳が気を遣ってくれたんだ。十和田の言うとおりだ。…本当は一人一人に挨拶をすべきだった。ごめん」

『僕と久馬は別に親しくなんかない』

それは、少し前、早朝、グラウンドで交わした会話の再生だった。あのときのオレとキノよろしく、十和田と橿原もぽかんとした顔で、滔々と喋る月下の言葉を聞いている。決められた台本を読み上げるような、感情のこもらない喋り方。おざなりなわけじゃない。ただ、こちらが推し量り難いほどの決意があるのみ。

「…そんな面倒なことする必要ねえよ」

――――聞いていたくない、と、思った。

「う、きゅ、久馬…?」
「…え、」

机から飛び降りて、彼の隣に立つ。オレの姿を捉えて、即座に顔を背けた。まるで、何か耐え難いものから目を逸らすかのように。当然、イラっとしながらも、彼を責めるのは後にすることに、する。ここで詰めたら、逆に本音が分からなくなりそうだ。外野が居れば居るほど、月下の壁は鉄壁になる。最近分かってきたぜ。こいつは、オレに弱い。

そう、オレにだけは弱いんだ。



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