(8)



一戦回してみたところ、予想通りというか、月下の戦い方は典型的な出し惜しみ型であることが判明した。基本的には攻めることなく、場の流れに沿ってカードを出していく。上がることじゃなくて、とにかく次に出すことしか考えていない戦い方だ。まあ、らしいっちゃらしいのか。大負けしなかったから良しとしておく。

緒戦で負けを喫したのは誰有ろう糸居で、奴の落胆ぶりは凄まじかった。正しくは、「負けたのに寝るなコラ」と俺に制止されたその瞬間の、凹みぶりは半端なかった。
見ていて、言い出しっぺのオレが慰めてやりたくなるくらい。背後に雷で粉砕される塔のビジョンが見えたほどだ。睡眠と引き換えになっているのだから、落ち込むのもまあ、当然だろう。
頭の良さとウノの強さは別ってことなのか、とも思ったが、どうも勝とうと思ってやっていた節がねえんだよな。持っている端から札出していったって感じがしたぜ。

「…だって、久馬、負けたら寝かさない、って言わなかったじゃん…さいしょ…」

思い返せば確かにそうだ。ウノに参加したら眠っていい的なことは言った。そうでもしないとやらないだろうよてめえは。

「まあ、ドベで寝ようなんざ、虫の良いことは認めねえな」
「勝ったら寝ていいのー?」
「勝ったらブリックの好きなやつ飲めるよ」と橿原。
「いちごオレでも奢らせればいいんじゃね」とキノ。
「いちごオレなんて…!!あんなのコチニールジュースじゃん…!」

この世の終わりだとばかりに、頭の上へカードをぶちまける。定理解読に失敗した数学者みたいだ。実に面白い、もっとやれ。
完全なる聞き役に回っていた彼は、コチニール、と呟いて、じきに微苦笑を浮かべた。眉尻を少し下げて、引き結んでいた口許が僅かに緩む。

―――ああ、こういう表情は初めて見るな。

誘われるように、つい、名前を呼んでしまった。ふう、と仰ぎ見る白皙の面。オレと月下は背丈がほとんど変わらない。だから、このアングルも、結構新鮮だ。周囲のグッダグダな雰囲気に影響されたのか、己をよろう緊張を忘れた、その様も。
…何でもない風を装った。おそらくは素に近い、月下の反応を壊したくなくて。

「コチニールって何?」
「…久馬は、いちごオレってよく飲む方?すき?」
「…、」

すき。
好き、とかって、あまり彼が言いそうに無い台詞だ。その手の直接的な表現は避けそうなイメージがある。あくまで、オレの先入観だけれども。名状し難い落ち着かなさをおぼえつつ、首を横に振ってみせる。

「嫌いじゃねーけど、がぶ飲みしたりはしないわな。…時々、妙に飲みたいときはある」
「そっか」
「おう」

僅かに動いた視線は、見慣れた、オレから逃げるためのものじゃなくて、一瞬の思案の為だったらしい。口の端に笑みの片鱗を残したままで彼は言った。

「じゃあ、ひみ―――」
「キューマ、次やんぞ」

ばん、と何かが叩きつけられる音。月下が、うたた寝から醒めたみたいにびくりと身震いをした。彼を注視していたオレも、机の足にくっつけていた自分の脚を落としてしまった。
キノが、かき集めたカードを十和田の前に叩きつけている。頬に皺をつくるまで、口脣が引き締められていた。間からは喰いしばった歯が見える。

「城崎、そんなにウノ好きだったんか」

橿原――一位で逃げ切ったのはこいつだった――が、宥めるように声を掛けても、キノは無視して言葉を続けた。

「つかさあ、キューマ結局やってねえじゃん」

月下の身が縮こまった。こいつめ、余計なこと言いやがって。

「人数多いとつまんねえだろ」
「でもよお」
「だからオレと月下は一心同体なんだっての」
「!!!」



- 9 -
[*前] | [次#]


[ 赤い糸top | main ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -