(4)




俺、輕子、つられたハコまでもが凝視しているので、夢中になっていたらしい彼も流石に気付いた。

「……」
「「「………」」」

寡黙な口に、がぶりと鯛焼きをくわえた、―――あれだ、お魚くわえたドラネコ形式。
両手をそれぞれ魚の頭と尾を支える程度にちょいと添え、魚の横っ腹に思いっきりガブリとやっている。

「…う、…っ…」
「……」

視線の集中砲火を浴びた結果、無心で食べていたらしい彼の動きが、鯛焼きにかぶりついた体勢のまま、停止した。俺はそれを欠片の遠慮もなく眺めた。
月下もこれくらいは口が開くのか、驚きだ。弁当の時、いつもチビチビ食っているからこの展開は頭に無かったぜ。間抜けた姿の筈が可愛く見えるのは惚れた欲目なのか。特に、動揺してます、って感じで硬直しているのがやばい。頭がいっぱいいっぱいになった猫みてえ。
凝視を続ける。それこそ穴が空くんじゃねーかってくらいにしっかりと。
すると、次第に目眦に水の玉が膨れ上がっていき、彼の首筋や耳は可哀想なほど真っ赤になった。実に予想通りの反応。…たまらない。

「ご、…っぐ、ごめ、ごめんっ」

過保護で嗜虐趣味か…。大人の階段を登る前に、親友と手を繋いで変態の階段を登るのか、俺は。

「ごめ、ごめんっ、その、ぎぎ、行儀悪ッ、ぐ、げほッ」
「あーほら水飲め」

己の性癖が段々取り返しの付かない方向へ傾きつつある気がするのは、おそらく、錯覚ではあるまい。俺もヤキが回ったなあなどと思いながら薄い背中をさすった。示したグラスを一気に干して、月下は必死に呼吸を整えている。涙目をひやっとするくらい乱暴な仕草でこすり、もう一度「ごめん」と呟いた。

「だから謝ることなんて何もねえんだっつの」
「で、でも、だって、僕、行儀悪かったから、だっ、だから見ていたんでしょう…」
「いやいや」と輕子。「おもしろおかしかったから見てただけ」
「えっ…」

儚げな横顔がよりいっそう悲壮な表情になった。

「おいコラ輕子適当なこと言ってんじゃねーよ」
「本当のこと言ったんだけど」
「うっ、ごめんなさ…」
「お前はもういいから!」

間違いなく「おかしかった」イコール「異常」と解釈したであろう彼は、むせつつ謝罪を繰り返すという、実に哀れな行動へと戻り掛けた。慌てて制した筈が、潤んだ両の目は決壊して大粒の涙をこぼした。

「あー、もー、二人して泣かしてどうすんの」

ハコが呆れた様子でそんなことを宣っている。続いて、しろい指が月下の目尻や、口許を拭った。

…は?口許?

「洟出そう。あと、粉ついてる、真赭」
「あっ、ありがと…」
「どういたしまして」
「オイ」
「何」

どんとドスの効いた声で呼んでも、怯む相手ではないと分かっているが。

「余計なとこ触ってんじゃねーよ」

未練がましく中空をさまよっていた手をはね飛ばし、睨む。
特に抵抗はなく、大人しく奴は手を引っ込めた。が、案の定、眼鏡の奥の目が剣呑に眇められた。酷薄な印象の口脣は皮肉げに歪んでいる。やな顔だ。
奴は言う、

「お前こそ、いつ離すのその背中の手」

(「……うっせえよ」)

痩せぎすで、触れば骨の位置がわかるくらいなのに、何故か一度ふれてしまうと離しがたくなる、彼の体躯。勿論、クソの白柳に説明するつもりはない。なので、俺は胸を張ってふんぞり返った。

「テメェに指摘される言われはない」
「俺だってないもん。…ねー、真赭ー。俺ら仲良しだもんねえ」
「えっ、あっ、う、うん…?」
「コラァ」
「ヒッ…」

いかんいかん。つい癖でガンをつけちまった。わかりやすく月下は萎縮し、ハコは薄ら笑い、輕子は嘆息。…お前に呆れられる言われはないんだがな。
仕方がないのでフォローに回ることにする。大体さあ、フォローとかってお前ら二人の得意分野だろうが。役目を果たせよ。内心でぶつくさ悪態を吐きながらも、俺は口を開いた。

「喰いっぷりがあんまりいいから見てただけだよ」
「そ、そうなのか…?」
「おうよ」
「はあ…そ、そっか…」

びっくりした、とぼやくその前には、きれいな弧を描いて欠けた鯛焼きがある。他の野郎ならともかく、月下の性格を考えれば思い切りのいい食べ方だ。本当に好きだったんだな、鯛焼き。

「うん…。ちっちゃい頃から、こういう風に食べてた…」

癖で、と、彼の台詞は恥ずかしげに、尻すぼみになる。
思い返すに、俺たち三人のアホらしい会話にも途中から参加してこなかった。それだけ、夢中だった、ってことだろう。

「――…そっか」

普段、隣だろうが、どこだろうが、彼は遠慮がちにしていて、食事の時もそれは同じだ。周囲の連中がどんなに騒いでいようとも、努めて目立たないように食べている。時折、ハコと喋っていても、基本的には自分から話しかけたりはしない。どうも、自ら話にいって、城崎か比扇あたりにシカトされたらしいんだよな。トラウマってやつか。

だから、気兼ねなく食べることに没頭している姿は俺としても安心するし、見ていると、なんというか、―――うまい表現がみつからねえけど、ぼやっとする。ぼや?
…違うなあ…。

「キューマ、やにさがってる」

ひんやり、と温度を感じる声音でハコが言う。黙れ、と言い返すと、隣の輕子に何か耳打ちをした。聞いた相手は頷いて、やはりこちらを見た。

「重症だね」と耳触りのいい声が呟く。
「お前もついでに黙っとけ」
「…はは、」
「……」

ジャケットの肩が僅かに触れる。その、かすかな感触を、俺の体は感知する。
なるべく顔を正面に向けたままで、そっと窺った横で、彼がくすくすと笑っている。声を上げて、楽しそうに。滑らかな頬は淡く染まり、浮かんだ涙の意味は先ほどの真逆にすり替わっている。
座り直すふりをして、偶然を装って、合間を詰めた。制服で分からない筈の体温や、黒くやわらかな髪が左半身を撫でていく。

「あれ。どうしたの久馬」

あー、なんかもう、ちゃんと食ってくれてたらいいや。
ついでに笑って、一言でも多く喋って、俺の隣が彼の居る当たり前の場所になってくれたら。
色々溜め込んで机に突っ伏した俺へ、輕子は不思議そうに問うた。わざわざ答えるべくもない。


(「…確かに、重症だ…」)



その後、月下の食いっぷり見たさに、マルキンへ足繁く通うようになったことを蛇足ながら付け加えておく。
大判焼にたこ焼き、焼きそば、そして鯛焼きと一通り試したが、あの大口開けてぱくり、という思い切りの良い食べ方を観察できるのは、鯛焼きだけだと分かるほどに。

「キューマってはまると長いっていうか、シツコイよね」

とは白柳の言だ。テメェにだけは言われたくねえし。
鼻を鳴らし、反駁する俺の隣には、もくもくと粉物を頬張る彼の姿があった。



>>>END


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