(3)



「た…確かに、口の中、火傷したら大変だよね」

にたつく正面のアホ、もくもくと解剖された鯛焼きを食べる輕子(ハコのことは黙殺することにしたらしい。賢明だ)、微妙な表情で黙したオレを見、月下はフォローっぽいことを述べた。皿へ目をやれば未だに手をつけていない様子だ。顎を示し、促す。

「ぐだぐだ良いから、さっさと食え。それともアレか。お前、猫舌かなんかか」

どんぴしゃだったら見たまんまだな、と思った。いつも通り、僅かにびびった後で、彼は首を横へ振った。

「奢って貰ったのに、久馬より先に食べちゃうの、その、わ、悪くて…」
「…お前ときどき本ッ当意味わかんねえこと言うよな…」
「ご、ごめん」

ごく近い距離にある肩が、ぎゅ、と強ばった。やっちまった、と思う反面、慣れてくれとも思う。店に来るまでぶらぶら歩いていた時分は緊張が抜けていたのに、隣に座った途端これだ。
普通の友人らしく付き合いたいと望んでいるだろうに、性格なのか癖なのか、月下は壁を作り、己を卑下する。オレに対しても、話してくれてありがとう、みたいなところがどうにも抜けきらない。何故か対ハコの場合はそのいじけた感じが薄くなっていて、さらに腹立たしかった。

そういう余計な遠慮みてえなのは早く失くして欲しい。他のヤツはさておいても、相手がこのオレなら、余計に。

「感謝してるなら熱いうちに食えって話だよ。こうやって、おら」

言いながら、餓鬼に手本でも見せるみたいにして、頭からかぶりついてみせた。一口で、腹あたりまで身がえぐれる。
因みに中身はお好み焼きだ。腹がふくれるし地味にうまいんだよな。たこ焼きとかとどう違うのか、って聞かれたら、悩むところだけれど。
口腔がしっかり熱くなって、若干眉を顰めつつももぐもぐと咀嚼する。月下は―――その伏せがちな目をまんまるに開いて、呆然とこちらを見つめていた。口が”O”の字のまま膠着している。

「大口開けてさあ、のどちんこまで丸見えだよ」
「……」

彼の気持ちを代弁してなのか、ハコが突っ込んできた。甘めのソースを味わいながら、言い返すべきかどうかのかを激しく迷った。他意のない発言かもしれずとも、ある種の単語をこいつが口にすると妙にカウンターで突っ込みを入れたくなる。すっげえ入れたくなる。クソ。
糸目がさらに細く眇められて、えたりとばかりに奴が嗤う。

「なぁにい?口蓋垂(こうがいすい)とか言えって言いたいの?」
「…別に」

ばれてた。で、ハコは鯛焼きを食いながらオレを糾弾しはじめやがった。喋るか食べるかどっちかにしろ!行儀が悪い!

「お前ってマジ地味にスケベだよね」
「どこがスケベかこのクソ」
「そっちが先に反応したんじゃん」
「テメェが振ってきたんだろ!」
「キレるのは図星な証拠でしょうが。やーいエロエロ魔神。ムッツリ〜」
「うっせえ!テメェみたいな下半身に脳味噌がついてるような奴には言われたかねえわ!大体、何だよその喰い方は!」

そう。そうなのである。
ハコは鯛焼きを、魚の尻尾を、みちみちと、さながら虫のようにはんでいた。尻尾の三角に付着しているパリっとした皮の部分を歯の先で削り、味わっている。本体を食う時も一気にいかない。尾の先の、固くなっているところを少しずつ齧っていく。
オレは苛々に任せて怒鳴った。別に話題を転換しようとしているわけじゃねえ!

「尻尾からみみっちくかじってんじゃねーよ!男なら頭からバーッといけ、バーッと」
「…ばーっと、って鯛焼きに対する効果音じゃなくね?」

いらんこと突っ込んでる輕子をスルーし、オレは自分の食べ掛けを親友の眼前へと突き出す。
腹から下しかない、見ようによっちゃあ無惨な鯛がゆらゆら揺れる。ハコは顔をしかめた。

「えぇー、だってさぁ、この尻尾のカリカリのとこが一番うまいじゃん。多めについてんの当たると、俺結構テンション上がるんだけど」

お前のテンションなどどうでもいい。女みてえにちまちま食うな!女子ならともかく、テメェがやると可愛げがない上に苛立たしいだけだ。
ハコはこれ見よがしに口を尖らせ(絶望的な眺めだった、)なおも尾から鯛焼きを侵攻しつつ、反論しやがった。

「さっきから聞いてりゃ女だの男だの、何生まれよキューマ。明治?大正?時代錯誤も甚だしいっての」
「おー、いいぜ。大綱の表現が気に入らねえならズバリと言ってやる。他の誰がやっても、て、め、え、は、その食い方すんな!キモいんだよ!!」
「じゃあ見なきゃいーじゃん」
「こういうこと言うと無理にでも視界に入ってくるお前のウザさをオレはよく理解している」
「だって期待には応えないと」
「1ミクロンたりとも期待なんぞしてねえ!」
「大体ねぇ、鯛焼きのイデアはこの尻尾のカリカリにあるんだぜ?キューマは本当に無知だなー」
「イデアだかドアラだか知らねえがそんなんがいいなら天カス食ってろ!」

ああ、崇高なオレの目的はどこに行ってしまうんだ?
月下を喜ばしてやろう、ついでに少しでも食わせておくか、あわよくば邪魔のないところで…と、企ん、いやいや計画していたのが、いつも通りこいつの所為でパーじゃねえの。月下と来て、一番喋ってる相手がハコってどうなんだよ。
オレは燃え立つ憤怒を、ほとばしる熱いパトスとか―――、まあそこらへんのよもやまを、全視神経に込めて、未だにグダグダほざいてるハコの、隣を見た。

(「輕子…!」)

幾らキャラじゃなくても、ブラコンでも、敢えて空気読まないような奴かもしれなくたって、お前のポテンシャルを俺は信じてる。このアホを足留めしてくれ、今任を託せるのはお前しかいねぇんだ、人数的に。
つうか、頼むから、ついてきたなら少しは役に立て。
ガンをくれた、もとい、救いを求めて視線を投げ掛けた相手は――― 、

呆気にとられた顔で、秀麗な面を台無しにしていた。

「?」

切れ長の双眸を大きく瞠目し、黒々とした睫毛は瞬きの動作に合わせてひらひらと上下している。先程まで鯛焼きの破片を運んでいた指は中途半端なところで停止中。およそ輕子らしくない面相にこちらがぽかんとなる。

「なんだ、よ…?」

奴の見ている先は、オレの隣だ。直線で固まった視線を辿る。元から大人しいのに、さらに大人しくなって居るのやら居ないのやら分からなくなりそうな男が、座っている、その席を。


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