(2)



鯛焼きひとつでこうも出発を引っ張れるのだから、俺も友人たちもある意味大したもんだ。

その後は恙なく移動、到着、入店し、今現在、目の前には鯛焼きが鎮座ましましている。
俺とハコは二つずつ、月下と輕子は一つ。因みに月下の分は奢った。残りのヤローのことなど知らん。
席分けを説明すると、商店街に面した窓に月下、隣に俺、彼の向かい側の席がハコ、その横に輕子だ。この顔ぶれにも随分慣れたな、としみじみする。

月下を苛めず、かつハコとも喧嘩しない、となると、大抵は輕子か橿原か、糸居がやって来る。次点で安納と立待、と言ったところか。
十和田と城崎はもっての他、争乱の種だ。残りの連中は何を話したらいいのかと挙動不審になるか、会話の続かない月下を避けるかの二択になってしまう。

クラスメイトとは良好な人間関係を築いている俺だが、中でも、最も仲の良い奴らは十人ほど。
そいつら全員と月下がうまくやっていく必要はない。つうか無理。俺じゃねえんだから。
人間二人いれば諍いは必ず起こるって言うしな。
うちの連中だって皆が皆、仲良しこよしじゃない。橿原は比扇とイマイチだし、十和田と糸居は互いに言語が通じない。ハコだって犬猿の中のキノが居るくらいだ。当たり前っちゃ当たり前の話。なのに、彼はすぐに自分を責めるのだ。
己の非を恥じ、和を乱すまいと必死になる彼を見ているとこちらが落ち着かなくなる。

…おいおい、実は隠れ過保護だったのか、俺。

知らざる己の性格に茫然としているこちらを余所に、至極当然とばかりに彼の対面へ腰を下ろした親友は、へらへらと笑いながら月下の皿を覗き込んでいる。

「真赭は中身、何にしたの」
「えと、つぶあん」
「ふうん。何かこしの方が好きっぽいイメージがあった」
「鯛焼きはつぶの方が好きなんだ。…白柳は?」
「俺?俺はアップルスイートポテトとあんこ生クリーム」

うげ。どうなんだ、その組み合わせ。胃袋の中で地獄のマリアージュを奏でそうである。俺が喰うんじゃねえからいいけど。

「女みたい」

ぼそり、と納得のコメントを輕子がしたので、渋面のままで頷いてみせた。会話のな、内容がな。鯛焼きの中身で思いっきりキャッキャしてるもんな。

「で、義理で聞いてやるけどキューマは何にしたの」
「義理言うな!」

今までの流れが嘘みたいに、どうでもよさそうな顔でハコが水を向けてくる。そういう優しさはいらない。「何でもいいだろ構うんじゃねえ」と唸ったら「拗ねちゃってこのぉ」と言われた。…コイツの思考回路はいつまで経ってもさっぱりだぜ。

「久馬」
「んだよ」
「なんか、月下より白柳としゃべくりまくってるけど、…いいの?」
「いいわけねえだろ…」

冷静に突っ込んでくる外野その2に頭を抱える。そう思うならハコを牽制するとか邪魔するとか、してくれよ、輕子君。

「え、それ俺のキャラじゃないし」
「ああ、そう。そうだな。うん、お前のキャラじゃねえな」

分かっちゃいたけどさ。投げ遣りにぼやくと、男にしてはやたらに整った指先が鯛焼きの腹を割った。眺めていたら、一つ割り、二つ割り、と、あっという間に縦横で四分割された憐れな姿が出来上がった。中から漏れているのはチーズ。すっげえ熱そう。
かつて魚であったものを輕子は注意深く口元へ運ぶ。見てくれはともかく、ここまでお上品な奴だったっけ。思わず観察を続けていると、流石に目があった。

「あ、何、…これ?」
「そう、ソレ」

一体どんな喰い方だ。お前はお嬢か。

「昔、思いっきり齧り付いて火傷したのを見たことがあって。それから、癖になった」
「はあ」

主語は…本人だよな?
不可思議な日本語に半ば納得、半ば首を傾げていたら、対角線上に座っているハコがくつくつと喉を鳴らした。特に何を言うわけでもない。月下が小首を傾げて奴の様子を窺っている。一瞥した輕子は、無言。
で、すぐに分かった。

(「…ああ、」)

必殺「オニイチャン」関係か。

輕子 纏(かるこ まつり)、生徒会事務局副会長補佐で、城崎の親友。作りの精巧な、純東洋的な横顔からして、こいつもまあ、俺ほどじゃないが女にそこそこにもてる。付け加えれば男にももてる。
中性的な容貌や雰囲気が、埜村みてえなゴリムキマッチョの庇護欲を掻き立てているのかもしらんが、内実、時と場合によっては喧嘩も辞さないような人間だ。こいつを襲おうとして蹴り殺された先輩がいた、なんて噂もある。

以前、城崎に聞いたんだが、餓鬼の頃から外見の所為で度々からかわれ、自己防衛と鉄槌制裁の為に、すっかり足癖が悪くなってしまったそうだ。ハコから変態性を抜いて、隙をくっつけ、適度な常識と配慮を注入すると、かなり輕子に近くなる。
それで終ればただのイケメンクラスメイトで済むのだが、残念なことに超がつくほどのブラコン、らしい。反応から察するに愛しの兄貴が火傷でもしたんだろう。その経験上、鯛焼きを解剖して食うようになったと。

とは言え、輕子がブラコンであるが故に俺が何か被害を被ったかってえと、特には、ない。
黒歴史つったら、ハコが変態だったり、十和田の下半身が国際経済も驚愕のグローバルぶりだったり、糸居が連絡網回し損ねてうちの列がよく全滅するとか、――むしろそこら辺だ。反芻するたびに新鮮な怒りが沸いてくる。あいつらの功績には恐縮のあまり、言葉も出ない。出すべきは口よか手、だな。
よって、この際、輕子君の性癖には目を瞑ろう。奴の兄貴なんて逢ったこともねぇし。俺、心広いし。上に男きょうだいのいる我が身からすりゃ「ないわー」って感じだけど、自分だって、世間一般とは若干違う流れに足を突っ込み始めているのは、事実だ。その原因が口をきいた。


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