どこからいっちゃう?



(久馬)


月下のやつがあまりにもタイヤキタイヤキうるさかったので(正しく言えば、「剣菱先生に美味しいたいやきを食べさせてあげたいなあ」などと世迷い言を繰り返すので)、そんなに喰いたきゃオレが連れてってやるわ、という運びになった。

思いつきなので、どこそこの有名店じゃない。河浦で鯛焼きつったら、近辺高校生御用達、丸金商店しかねえだろ。あの店のだって充分美味いと思う。
そも、鯛焼きなるもの、時々食べるかどうかって代物であって、血眼で店を探したり喰いまくったりする対象なのか?
好きだけど、女じゃあるまいし、甘い物にそこまでの執着はない。だったらオレは迷わず牛丼かラーメンをチョイスする。あれらの方が余程に奥深いと思うのだが。

「へーえ、じゃあ俺もいこ。いいよね、真赭」
「えっ、あっ、うん」
「輕子と泰河はどうする?」
「行くよ」
「俺はパス。今日部活」
「ちょい待て」

メガ盛りつゆだく生卵に紅ショウガがっつりは鉄板だよな、と好物に思いを馳せていたら招かれざる第三者が口を挟んできた。変態兼親友の白柳は全く空気を読まない発言をする。
誰が他の奴を誘えっつったよ。そもそもテメェ自体がお呼びじゃねえ。
行く、と右に倣えのKY発言をした男―――輕子は、僅かに口の端を吊り上げた後、我関せずとおたつく月下へ話しかけ始めた。こいつも確信犯だ。地味に他人の倖せを阻害したいと見える。慰めるように叩かれた肩へ、仰ぎ見ると、橿原が苦笑しながら脇を歩き去っていくところだった。行くならコブ二人も回収していけ!

察しろこんにゃろう、とガンを付けると、ハコはわざとらしく顔を逸らした。

「今更オレに見惚れても何も出ないよ?キューマ」
「……オイ」
「えっ、…ええっ?!」

最早コメントすら出ない。キモイ、と言ったとしても相手は白柳壱成、キモイウザイ変態は奴にとっては褒め言葉。喜ばれたらダメージを受けるのはオレの方だ。そして月下!お前は泣きそうなツラで動揺するんじゃねえ!万が一にもありえねえだろ!

このオレとしたことが失態だったぜ。口で言っても分かる連中じゃねえんだわ。こうしていても時間を浪費するだけだ。
溜息を一つ吐き出して、机に乗せていた鞄を取り上げた。ついでに黒いジャケットの細い腕を掴んで教室の扉を目指す。

小気味良く硬い踵の音が追い掛けてくる。流れるような動作で月下の後へ追随し、廊下へ出るなり、ハコはするりと隣へ並んだ。数歩遅れて、携帯をいじくりながら輕子がついてくる。
当初から、こいつは何故か月下とよく口をきいていた。元中ってのもあるのかもしれん。相も変わらず友人の少ない月下にとっては貴重な相手なんだろう、眉毛をやや八の字に下げつつも、嬉しそうなオーラを隠しきれない彼(大方、「普通の高校生っぽーい」などと喜んでいるのだろうと推察)を間に挟んで、その頭上で会話を交わす。

「ハコ、お前車どうすんだよ。もう迎え来てるんだろ」
「あー、そのまま返してもいいし、乗ってもいいし。四人なら余裕で座れるぜ」
「いや、いい」

何故にお前らの同行を認めるような真似をせにゃならんのだ。

「つか、久馬だってチャリっしょ」
「今日は歩き」

彼と二人きりでマルキンに行くつもりだったから、とは流石に言わなかった。いらん所で持ち前の洞察力を発揮したらしく、ハコは途端、にやつき始めた。

「ああああ、なるほどねぇええ」
「…何がなるほど、なんだ?」と不思議そうに首を捻る月下。…お前は気付け。
「うーん、」とハコ。こちらをちらり。「…言っても、いい?」
「下衆の勘繰りだ」
「もしかして月下と二人で行きたかった?ごめん」
「……」

錆び付いたブリキのそれを回すように、首を捻った。
真っ直ぐな黒い前髪の向こうから、涼やかな双眸が飄々と見ている。見返すオレの冷凍光線を真っ向から受けても、大陸系の美形はちらとも揺らぐ風はなかった。

「輕子…!」

まさか、素か?素なのか。それとも真剣に他人の不幸が主食なのか、お前は。

「え?何」
「ククク、ふひ、ひひひひ…」

肩を揺らし、腹を押さえながらハコが彼に寄りかかる。やらかい髪が紅潮した月下の頬を擦っている。オレは歯噛みをする。
こういう気付かれ方って一番微妙じゃね?

「いいじゃん、行きたいなら行きたいって言えば。なあ、白柳」
「ひ、ふひっ、そ、そうだな…言えばいいよなあっ、くくっ…」
「そうしたら俺たちは後から適当に行くから、ほら、遠慮無く」
「フォローが遅せぇんだよ!つかそれはもう厭がらせだっつうの!!だったら元からついてくんな!ハコ、テメェは笑いすぎだ!それから月下ァ!!」
「ヒッ…」

今しも男子トイレに駆け込もうとしているブレザーの襟首をふん掴み、引き摺り寄せる。

「逃げんじゃねえ!!」
「はっ、はひッ!!」

白皙の面は可哀想なくらいに真っ赤に染まっていた、が、オレも負けず劣らず耳まで熱くなっていたので、この際一緒に居て貰った方がまだ気が楽だ。逃げられたら目的の九分九厘が無駄になるじゃねえか。ハコと輕子と鯛焼きだなんて、意味分かんねぇ。罰ゲームかよ。

ひーひーと笑い続ける親友を殴り、無表情に戻った輕子にも蹴りを入れ、脱走犯の腕をがっちりと拘束しながら階段を降りる。くっついた身体が火照った。あー糞、なんだろうなこれは。

「きゅ、きゅうま…」
「あんだよ!」

怒りと照れがない交ぜになった状態で応を返すと、かぼそい声がぼそぼそと言った。

「あの、そのっ、…あり、が、と…」
「……」

揺れる頭の側面に、軽く頭突きを呉れて遣った。こつん、と音がして、潤んだ瞳が見上げてくる。今にも泣きそうである。いちいち涙腺の弱い奴だと正直、呆れる。
しかし理由が自分だとはっきりしているときは、妙な昂揚感の方が圧倒的で、詰まるところオレの方が末期だってことなのかもしらん。そのまま拳でもって、こめかみをうりうり擦り付けるようにすると、長い睫毛がふわりと降りた。薄く開かれた口脣から溜息が漏れる。分かり易く、熱い。

「…どーいたしまして」
「…っ!う、うん…」

後ろから外野が追い掛けて来なかったら、美味そうな色の頬に食いつくのに。

人の恋路を邪魔する奴は、という名言があるが、馬なんて慎ましい事を言っている場合じゃねえな。象か、もしくは装甲車で轢いてしまえばいい。ハコについてはその後燃えないゴミの日にでも出した方が良さそうである。すべては地球環境とオレの平安と、月下の貞操の為に。

「え、なになに?今度は何の話?」
「テメェがリサイクル出来るか出来ないかについて、オレは深謀遠慮を巡らせてるところだ」
「ハァ?」

…無知は至福だ。



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