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「いや、久馬の何番目か彼女でさ、俺とこいつがあまりにつるんでっから『ホモなんじゃないの!』って疑った女が居てさぁ。元々、俺らって下の名前で呼び合ってたんだけど、それが鼻についてヤだってゆうからさ」
「それで、名字で呼べって言ってきたんだよな」と久馬。相当どうでも良さそう。
「久馬と、だなんてまず間違ってもないない。だって俺の趣味じゃない」
「…オレだってテメェと致すくらいなら喜んで童貞処女を一生貫くわ」

放って置くとまた口喧嘩に発展しそうだったので、慌てて口を挟むことにした!

「そ、…その彼女は…」
「他にも色々要求するから面倒っちーと思っていた矢先にだな、」
「その身を以てホモが大誤解だって教えてあげた」

眼鏡の奥のつり目を、糸みたいに細くして白柳は哄笑った、ように見えた。流石に台詞の意味が分かって呆然としていると、城崎が不機嫌そうに鼻をならした。

「…悪趣味。つかキモい」
「それについては否定しねー」
「あー、ひどーい忍ー」
「わざとらしい名前呼び、ヤ、メ、ロ」
「と、言うわけで、その時妙な癖が付いちゃってさ。でも、まあ、俺なんて『ハコ』のほうが短いし、キューマってのも意外と言い易くって。女と別れた後もそれだけは継続してるんだよね。
…お分かり?真赭ちゃん」
「!!」
「あ、どきっとした」

親くらいにしか呼ばれない下の名前が、薄いきれいな口脣から転がり出て――奇妙にも鳥肌がたった。きっと、単純に驚いただけなんだけど。白柳はくつくつと圧し殺した笑声を漏らした。僕の驚きぶりがツボだったみたいだ。

「…お前は、名字も読みにくいし下の名前もフツーに解読出来ねぇんだよ。何とかしろよ、月下」
「う、うん…ごめん…」

傲然と言う久馬の出張も、確かにそのとおりだ。名字は『ツキシタ』としか読めないし、名前は(祖父がつけてくれたのだが)、小学校に上がる寸前まで、漢字で書けなかったトラウマものだ。せめて下の名前だけでも、もっと簡単なやつにしてくれれば良かった。

「そんな本人にどうにか出来ないことで、いちゃもん付けるんじゃありませんよ。ねえ、真赭」
「…っ、ひゃあっ」
「おいコラ壱成…」

首ったまに勢い良く腕を回されて、肩を竦める。久馬が不快そうに唸り、さらに居たたまれなくなる。彼の親友はこの上なく愉快げだし、輕子は難儀そうだ、という顔をしているものの、参加してくるつもりはないらしかった。

「気に食わないなら、真赭のこと名前で呼ばなきゃいいじゃない。サカシタでもさっちゃんでも、好きにしなよ」
「呼ぶかよ、そんなん」

言下に、という風情で久馬がばっさり言いきって。ほんの少しだけショックだったけど、すぐに考え直して僕は言った。

「…うん、そうして」
「!!!!」

だって白柳に呼ばれただけで、こんなに心臓が跳ねる。耳朶を振るわす滑らかな声が、存在から揺すぶってくるみたいだ。…これを、久馬のちょっとハスキーな声でやられたら、気持ちも身体も保たないに決まっている。

白柳に体躯をかき寄せられたままで、僕は、反応しない久馬を見た。彼はどうしてか絶句し――口の端をひきつらせて、わなわな震えていた。

「…ふられたね」と輕子。
「っせえよ、突っ込みだけ入ってくんじゃねえ!やるならボケてからにしろ!」
「そんな歌って踊れる、みたいなの、なあ…纏のガラじゃないよなあ…」
「時代は今、オールラウンダーが求められてんだよ!つか十和田ァ、こっち来いよ!オレの突っ込みの射程範囲で喋れっつうの!!」

立ち上がった久馬に、彼よりも高身長の十和田が、抵抗空しく襟首を掴まれ引き摺られて来た。弁当を手にしたままで、城崎までもが追いかけて来ている。律儀だ。

「久馬の場合、突っ込みの範囲ってか蹴る殴る範囲だよねえ」
「…それは、分かるかも…」

しみじみ言う白柳に同意をすると、彼は僕に頬を寄せて言った。

「せっかく、仲良しっぽくできるチャンスだったのに、棒に振って。バカなやつ」
「何が?」
「ん、いーの。…人間正直に生きたもん勝ち、って良い見本だから。そのことはよぉく覚えといで」
「うん、…あの、はこやなぎ…」
「なに?」
「う、後ろ…久馬、立ってる」
「うっわ嘘、あっ痛たたたたたたッ?!」



―――結局、現在に至るまで僕が記憶しているのは、「互いに下の名前で呼べるなんて、二人とも羨ましいな」ってことだけだった。


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