Call My Name



(月下)


昼休み、久馬組の数人で昼食を摂っていたときのことだ。

例によって、僕は久馬と白柳とに挟まれるように座っていた。目の前では、お裾分け用に、と持ち込んだ二個目の弁当箱が彼らの舌戦と共に素晴らしい速度で空になりつつある。
自分自身は大して食べてもいないのだけれど、馬鹿の阿呆のと言いながら箸を動かす彼らを見ていたら、

「…眺めているだけで腹が膨らむな…」
「あ、う、うん…」

しゅっ、とした印象のある、東洋的な顔立ちのクラスメイト――輕子が半ば嘆息するように呟き、僕もぼんやりと頷く。

「…輕子は…それだけ、なのか…」
「うん。でも月下だってちっとも食べてない」
「そ、う…だね」

彼の指には、固形の携帯食品が挟まれていた。まるで砂で出来たブロックみたいなそれを、ミネラルウォーターと一緒に流し込んでいる。
時折、僕の弁当を相伴で摘まむことはあったけれど、輕子の昼食は大抵こんな感じだった。…余計なお世話だと分かっているものの、正直、あまり、美味しそうには見えない。

そんな心情が顔に出てしまっていたのか、食べる手を止めて視線を移した僕に、クラスメイトは苦笑いを浮かべた。

「…俺はこれが良いんだ」
「纏はお兄ちゃんとお揃いがいーんだよね」
「……」
「マツリ?」

五目稲荷を久馬から奪い取り、素早く口をつけた友人――白柳が、会話に入ってくる。一瞬、何の事かわからなくて、おうむ返しに問うた。

…まつり?

「輕子のナマエだよ」と、気付いたらしい白柳が説明してくれた。
「カルコ、マツリ。お兄ちゃんは輕子 縫(ヌイ)」
「…ああ、そっか…」

交友関係が物凄く希薄な僕にとって、同学生は勿論、クラスメイトのフルネームなんて中々記憶には残らない。確かに、橿原が輕子のことをそう呼んでいた気がして、曖昧に頷く。罰の悪さも多分に手伝った。

忘れられていた彼の方は全く気にした風もなくて、むしろ白柳が言及した彼の「兄」について触れて欲しくないようだった。細い柳眉をしかめて、「やめろよ」などと言っている。

で、ふっと思い出した。

「…タイガって、誰だっけ」
「橿原だろ」

隣の久馬が間髪入れずに突っ込んでくれた。反射的に横を向くと、薄い小麦色に満遍なく焼けた頬が、至近距離にあった。喉がけくっ、と妙な音を発てる。
…近い。

「このオムレツ食いたい」
「…えっ、あっ、うん。どうぞっ」
「おー」

黄色い半月を丁寧にカットすると、まず半分、軽く頷いてからアーモンド形の瞳がきらりと僕を見た。黙って首肯する。残りも瞬く間に彼の口の中へと消えていった。

「天下泰平の泰に、さんずいの河。で、タイガ。」
「う、うん…」

橿原の名前も成る程、って感じだったけど、現金な僕は、久馬の行動の方に動揺した。
頬から首がぶわっと熱をもつ。生白い肌は本当に厄介で、表情以上にあからさまに心の裡が出てしまうのだ。
さりとて隠す術もなく、「今度は甘いの焼いて来いよ」と宣う久馬の声に、ぶんぶんと頷く。まるで首振り人形だ。さらに恥ずかしい。

「久馬は泰河んこと、名前で呼ばねーよな」と白柳。
あ、こっち見てる。しかも薄く微笑みながら。…顔が赤いの、ばれたかな。

「あいつのこと名前で呼んでんの、エスカレータ組ばっかだろ(そう、久馬は外部入学なのだ)。あと誰だあ?立待とひーくらいじゃね?」
「糸居なんて『あのさー』か『ねー』だからね、誰のことも呼んでねーよな」
「しょうがないよ糸居だもの」

不在の友人をぼろくそに言い合う彼らは、やっぱり仲がいい。こんな面子に混ざって僕なんかが食事をしているのが、申し訳ないくらいに。

「……」
「……っち、」
「…、え?」

ばあん、と勢いよく机が鳴る。
飛び上がるほど仰天して、周囲をきょろきょろ見遣っていたら、大きな手のひらが引っ込んでいくところだった。何か落としでもしたか、と思っていたので、その手でもって1リットルパックの麦茶を掴んだ久馬を、そうっと窺う。眉間に深い皺が寄っている。

「…」
「…力強い愛ですなぁ」
「うっせえよ。テメェのボウタイ、固結びにして綾取りするぞ」
「うっわ止めてよ忍、これ万するんだから」

(「…あ、」)

陸上部のエースにして、学内きっての有名人にも遠慮なく、白柳は茶々を入れている。その内容は些か理解できないものだった、むしろ僕が興味を惹かれたのは彼の、呼び方だったんだ。

「ん、どーしたの、月下?」
「えっと、…その」

言い掛けて――久馬や輕子のみならず、少し離れた所にいた城崎や十和田までがこちらを注視している。…普通に視線が怖くて、でも今更「何でもない」と濁せる様子もなく。またしても顔を伏せ気味にしながら、しどろもどろに答える。

「…はこやなぎ、って、時々、き、久馬の、こと…しのぶ、って呼ぶなあって」
「もう一回」
「へっ?!」
「もう一回ゆえ」

久馬、そのひとが半眼で僕を見ていた。全身の血がざざっと引いていく。…何かまずかったろうか。久馬の後に、「様」とか付けた方がいいのか?

「だ、だから、久馬のことを忍、って、白柳が呼ぶから、」
「もっかい」
「えっ…、」

涙目になりつつ、様と君、どっちが良いだろうと考え始めたら、頭を軽くぽんぽんと叩かれた。優しい手つきと声。…白柳だった。

「ごめんな、月下。嬉しさにちょおっと調子に乗ったどっかのおバカさんが言ったことだから、…流してやって」
「え、あ、……えっ?」
「ね?」と友人はにっこりした。
「俺が、久馬のこと名前で呼んだり、名字で呼ぶワケね。…正しく言うと、『あまり名前で呼ばないわけ』かなあ。な、『久馬』?」
「…あー」

話を振られた方は一気に興味が失せたように、組んだ長い脚を机の端に引っかけ、ゆらゆら揺らしている。
それを目にした白柳はまた少し笑って教えてくれた。
…のだけれども。

事情は中々にとんでもなかったのだ。



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