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昼休み、藤原秋声(ふじわらしゅうせい)は世にも珍しいものを見た。ランチトレイを両手に席を探していたら、学食の隅の方に友人の中村観春が腰を掛けている。見たところ、一人だった。

(「…珍しい」)

秋声と観春とは、親同士が友人で付き合いも古い。高校は別だったが、幼稚園、小、中と同じで、大学で再び学友となった。以来、花見や花火などのちょっとしたイベントに連れ立って行ったり、飲み会につるんだりしている。深酒をした彼を、車で送っていったことも少なくない。

金も家柄も姿形も良い、という三拍子揃った相手と長くやるのはそれなりに骨が折れる。観春の性質に難があるから余計にだ。
友人以上親友未満であること、それから、秋声自身が万事、入れ込まない性格であるが故にうまく続いているのかもしれない。彼を紹介する度、恋人たる女性が観春をうっとりと見上げる恒例行事にももう、慣れた。側妾のように侍る取り巻きにびびることもない。

だが今日に限っては、その、取り巻きの女子が居ない模様である。
観春が自ら働きかけなくても、学部学科を跨いで、外形の美しい「ご学友」は日々、彼に付きまとっていた。友人は彼女たちを散らすでも、認めるでもなく、気が向いた時には端からつまみ食いをする。まるで、奇麗にデコレーションされたケーキを、好きなところだけ食べ散らかすみたいに。

不思議なこともあるものだ、と内心首を傾げつつ、友人の名前を呼んだ。

「よう。お一人様なんて珍しいじゃん」

声を掛けたが、返事はない。ままあることだ、と3×3の席の真ん中に腰を下ろした。対面には観春が座っている。端正な顔立ちは小難しく歪んでいた。機嫌が悪い、のとも若干違う。付き合いの長さでそうと気付き、秋声は目を瞠った。おそらく、これは、

困っているのだ。

「…どうしたんだよ」
「別に」

間髪入れずに返事があった。どうやら自分が視界に入っても構わない程度の癇癪らしい、と、心置きなくトレイも置いた。カツ丼とかけ蕎麦のセットだ。
観春は、手作りらしき弁当を拡げていた。黒で統一された弁当箱、クロスの隣には、立方体を包んだ風呂敷が鎮座している。形から推測するに、重箱、だろうか。
並の男ほどには食べるが、決して多食ではない彼にしては稀なことだ。今日の観春は珍しいことだらけだと思った。
頂きます、と呟いてから、伸びてしまう蕎麦から手を付ける。ずるずる啜りながらそれとなく見遣った弁当の中身は、未だ手を付けられた感がない。

誰がそれを作ったのかを、秋声は知っていた。
一度だけ逢った観春の同居人。彼を訪ねて行ったマンションで、顔を合わせた。ごく普通の、強いて特徴を挙げるのなら、物静かな雰囲気のある男子高校生だ。

(「…いや、専門学校生だっけ?」)

友人とは真逆のような存在だ、と感じた記憶がある。名前を忘れてしまったのはそれっきり、逢っていないから。目の前の男が「二度と」、「突然」、部屋に訪ねてくるな、と禁じた為だ。
玄関先で立ち話をしていた最中、帰ってきた家主の形相と言ったら無かった。手を触れずして、目線と声だけで殺されることがあるのだとしたら、多分、あの機会をおいて他には無かったと思う。

観春の弁当箱は二段で、一つは米飯、もう一つはおかずが詰められていた。ウィンナーに、茹でたカリフラワー、南瓜の素焼き、ツナとコーンとマッシュポテトのサラダ、煮卵。十代の男子の手作りとしては大したものだ。秋声の彼女だってここまで器用に作れないかもしれない。
ウィンナーの先がきちんと八本に分かれているのを見、つい笑いが漏れた。見た目の通り、あの高校生は几帳面な性格らしい。

「なに」と観春。それとなく窺っていたのがばれたようだ。
「いや。…食べないのか?何だったら、手伝うけど」
「お前は蕎麦でも食ってろ」
「…あー…」

食欲がない訳でもない様子、ならば何故、箸が迷うようにうろうろしているのか。美味しそうな焦げ目が膨らんだ南瓜のスライスを、持て余し気味に箸先が小突く。秋声は首を傾げた。




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