(7)



変な所で放ったらかしにされた為に、恋人の指摘の通り、寝るに寝れなくなった。さりとて自分の手で慰めるのもあいつに負けたような気がして厭だった。ベッドに転がったら、そんなささやかな矜持すら保てないのではないか。体には冬織の匂いがまとわりついている。―――危険だ。

それからの行動は早かった。まず、風呂で熱いシャワーをしっかり浴びた。部屋着も新しく出して着替え、台所へ戻る。決意をもって両の頬をぴしゃぴしゃ叩き、料理に取り掛かった。後はカーテンの隙間から白光が差し込む時間まで延々と作業を続けた。

昨夜(今朝か?)の悶々をぶつけるように、思いつく限りの方法で南瓜を調理した。
天ぷらを揚げ、煮物を作り、グラタンを焼き、裏ごししてスープを作り、マッシュサラダを拵え、プリン種を型で固めた。
勿論、予定の通りパイも焼き直した。バイト先のコンビニでもよく見掛ける、笑った形の南瓜の置物。あれに似せて、顔まで切り抜いた。すべて逃避行動の一環である。

冬織め、覚えてろ。眠くて死にそうだ。ほんとうに、ほんとうにしばらくこのマンションに戻れるのだというのなら、毎夜、南瓜責めにしてやるから、覚悟しておけよ。
一通り仕事が終わった後も、俺はせっせと働いた。既に去った恋人の顔を脳裏に浮かべながら、勢いのままに観春の弁当を詰めていく。終わった頃には筆舌に尽くしがたい達成感が…、あれば良かったんだが、残ったのはどっしり根を張る疲労のみ、である。


寄せたカーテンの間から、覚醒したかのような、はっきりとした陽光が充ちる時刻になって、同居人が起き出してきた。巾着の紐を絞っている俺を見咎めて、不審そうな顔に変わった。初めは気にせず放って置いたが、気配がずっと留まっているので、こちらも動きを止める。

「…おはよう」
「あぁ」と、いつもの生返事。

そこで立ち去るのが常だが、観春の影は俺の上からどかなかった。

「…どうした?」
「目の下、隈ついてる」
「……徹夜したから」
「ハァ?」

掻き立てられた性欲だけじゃない。真に頭を悩ませたのは別れ際の冬織の発言だ。
厭がろうが抗おうが、1時間べったりセックスをする。痛がっても突っ込む。らしくなく露悪的な物言いは、彼曰くの余裕の無さ、なんだろうか。わからない。

ただ、わかっているのは命じられるがままに「準備」をすれば、同意とか――期待をしていることになってしまう。でも、しなければ激痛に見舞われる公算大だ。
冬織のことだから手加減はすると思うけれど、過去数回、まさに貪る、という表現が相応しい抱き方をされたことがある。自分の痴態や、別人のように俺を手に掛ける恋人の姿を思い返すと壁に頭を打ち付けて、強制的に記憶を消去したくなる。
いっそ家出するか、と出来る筈もない愚案を検討したりしていたら、朝。結局、いずれの理由にしても不眠の原因は冬織、あいつでしかない。

彼と同じ顔をした男は、俺の返事を受けても不可解げに眉を顰めただけだった。当然の反応か。
寝起きの、気怠げな動作や掠れた声は、徹夜明けのテンションが無ければ、しんどいものだった。寝間着の合わせ、捲った袖から滑らかな膚が覗く。いつもであれば、冬織のことを思い出して陰鬱な気分になるところ、俺は平然、かつぶっきらぼうに「朝飯どうする」と呼びかけることができた。

「いらない」
「分かった。弁当ここ」
「……」

気に食わなければ弁当だって置いてきぼりになる。すると観春の弁当は俺の弁当へと転生する仕組みだ。同居人が持っていった場合、朝食が弁当の具になって、朝はふりかけとか卵かけ御飯とかを適当に食って、終わり。一緒に暮らしている内、いつしかそうなっていた。

さて、今日はどうするのかと思いつつも、自分も学校の準備をすることにした。
行ったとしても使い物になるかどうか、実に怪しい。今日は実技科目もあるのに。俺の馬鹿。
台所で顔を洗う。歯磨きも下手すりゃここだ。かち合うと観春の機嫌が垂直落下するから、最低限の道具は台所の脇に置いてある。手早く済ませて、シャワーを浴びに風呂場へ向かった彼とは逆に、自室へと戻った。

教材を詰め、服を着替えてダイニングへ顔を出すと、こちらも支度が済んだ様子の観春が突っ立っていた。薄手の朱色のニットに、すらっとした両脚を包む青のデニムが映えた。上品なキャラメルカラーの皮ジャケットを小脇に挟んだ、手には巾着袋が下がっている。どうやら弁当を持っていくことにしたようだ。

「これ、何」
「え、」



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