(6)
一週間、閉ざされたままだった部屋の前へ着くと、冬織はゆっくり振り返った。肩から腕のラインをするりと撫でられて、反射的に目を瞑ってしまう。導火線を火が奔るように、熱が甦るのはあまりに容易い。
「…大丈夫だ」と彼は微笑んだ。
「…」
「大丈夫」
「…何度も聞くと、嘘くさい。から、やめてくれ」
奥歯に力を籠め、ぐるぐる渦巻く感情を抑えつけて、やっとの思いで言った。冬織は、また小さく笑ったようだった。軽く、あやすみたいに上腕を叩かれた。本当に、彼はいつも冷静だ。厭になる。自分ばかりが常に浅ましく、矮小だ。
長身が屈み込んできて、恋人の気配がごく近くになっても俺は顔を背けたままでいた。余計なことを口にしてしまいそうで怖かったから。不安を感じ取ったのか、冬織はとびきり甘い声で、くだらないことを言い始めた。
「明日はちゃんとやるから。青梧がどんなに厭がっても、最後までやるからね。もうやだ、ってくらい」
「……一時間でそんなになるかよ」
「だから、『ちゃんと』『最後まで』いくために協力してよ」
「…は、」
思わず見上げると、猛禽そのものの双眸に出遭った。
目が、熔けた金属みたいにぐつぐつと煮えている、そんな、錯覚すら覚えさせる表情で。
「準備、しといて。してなくても、キツくても、…痛がってもやっちゃうけど」
「……!」
「…ねえ、しょうご。俺ずっと我慢してたんだぜ?」
端正な顔が視界いっぱいを占めて、ちゅ、とリップ音がして、鼻の頭が濡れた。嗤う冬織は、どうしたって、バリバリ食べてやろうという獣の性を負っている。
「お前そういうの、全然分かってないでしょう」
「そ、なっ、お、お前こそっ」
「――全く、いつも冷静で厭になるよ」
こちらの台詞だ、と反駁する間もなかった。言いたい放題言ってくれた後は、それまでののらりくらりが嘘みたいに、恋人はするりと部屋へ入り、扉を閉めた。
一方、俺は間抜けさ丸出しで立ち尽くした後、微かに物音がする戸の向こうを、信じられない思いで見つめた。
冷静?誰が。何処が?!
あんなに人のことをからかって、妙な悪戯までして。平気なわけあるか!
どん、とドアを蹴り、おそらくは着替えなどをしているであろう冬織の名を呼んだ。
「手、洗えよ!洗ってから寝ろ!」
「はいはい」
「明日は5時に叩き起こしてやる!」
「…まー、俺には関係ないっつうか…、そもそも、青梧、ちゃんと安眠出来たらいいね」
「ぐ…!」
くぐもって聞こえる笑声はやたらにあくどい。何を言っても倍増しに言い返されてしまいそうで、俺は、赤面したまま地団駄を踏むしかなかった。
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