ゴーストの帰還



『女子は芋、栗、南瓜が好きだ』と聞くが、女に限らずとも、芋、栗、南瓜はいいものだ。少なくとも俺は好きだ。栄養価が高いし、腹が膨らむ。栗を除けば値段も手ごろである。芋と南瓜は、もやし、きのこに並ぶ優等生だと思う。勿論、栗があれば文句無し、栗ご飯に渋皮煮、そのまま焼いたってあれはうまい。

少し前から、駅ナカに出店している焼き栗スタンド(天津甘栗じゃないところがミソだ、)なんて、目の毒の局地だ。
一度、我慢が利かなくなって衝動買いをしたことがあった。熱い皮を指先で転がす俺を、笑いながら見下ろしていたのは、観春だったのか―――冬織、だったのか。やさしい思い出は時間の経過と共に、すっかり摩耗してしまった。あるのはぼんやりとした、不定形の、温かいものだけ。「彼」だったのか、あるいは、彼だったのか。今ではもう、分からない。


高専の、友人が郷里から送られてきたものだとかで、南瓜を大量に譲ってくれた時、俺が思い出したのはその、いつだかの記憶だった。
友人はバイクの後ろに緑色の爆弾を積んで学校へやって来た。一人では食べきれない、しかし腐らせるわけにもいかない、いっそ売ってしまおうか、南瓜のたたき売りだとぼやいていたので、ならば寄越せと言ってみたところ、五つほど手渡された。やけに多い。訝しく思うと、「出来たものを返せ」と彼は、ふんぞり返って言い放った。なるほど。
リュックサックに詰め込んで持ち帰ることにした。

学校が終わり、夜のアルバイトを勤めきって帰宅。
予想通り、部屋の中はひんやりと冷えていた。誰もいない。ここ一週間、観春がマンションへ帰ってきた痕跡は無かった。くだんの恋人と継続中の模様である。浮気だ、と詰ることの出来る世のカップルが羨ましい、俺は文句すら言えないのだ。何せ「別人」なのだから。
試しに観春を糾弾する己を思い浮かべてみた。硬い胸板を叩き、あの、端正かつ無表情な面を睨み付ける自分。
―――阿呆臭い上に生産性の無い妄想であることは、確かだ。


手早く身の回りのことを済ませて、ダイニングカウンターへ置いた貰い物に取りかかることにした。照明のスイッチを入れると、広々とした台所にやわらかな光が溢れ、ステンの上に白光の粒が躍った。転がした南瓜を包丁で割ってみる。とろけんばかりの黄金色があらわれる。

「へえ」

これはいい。煮物と、サラダと、天ぷら。素焼きも悪くない。甘辛いたれに絡めると絶品だ。後はなんだ。プリンか。それから、

「…パイ」

観春が「キッシュが食いたい」等と宣ったので、冷凍のパイシートを買い込んできたことがあったような。パイならば学校へも持って行きやすそうだし、台で焼いて集団で食べることが出来る。友人への返礼には打って付けだ。
冷凍庫を漁ったら、はたして、たっぷりと在庫が出てきた。苦笑が漏れる。
時々思いついたみたいにリクエストをしてくるんだよな、あいつは。数少ない誠実さで、命じたものに関してはきちんと食ってくれる。嬉しい半面、出逢った頃を思い出して、切なくなるけれども。

『料理が趣味とかって、売り方もっとどうにかすれば、お前女子にモテモテだぞ』

どうすればリュックサックへ入りきるものか、と、筆記具や教科書の類と、南瓜をためつすがめつしていた俺へ、友人―――伊関(いせき)が言った台詞だ。返答の代わりに、首を横へ振った。女子に云々というのは論外、そして料理は自分にとって、趣味ではない。必要だからしているだけ。
もし、唯一気に入っていることがあるとすれば、目に見える形で、しかもそれなりの早さで最終成果物が出来上がるところだ。
例えば俺が勉強している環境緑地学においては、すぐに成果が出る、ってことはそうそう無い。どんなに小さな花も、木も、数時間で芽が出たりはしない。土だってそう。堆肥を入れ、耕して養生をしてやって、ようやく準備が出来る。マニュアルの通りにやっても、天候が気紛れを起こせば状況なんてもの、すぐにひっくり返る。

けれど料理は材料と器具さえあれば、割合と何とかなってしまう。教本の通りにすれば大抵は失敗しない。酒を造る杜氏(とうじ)じゃあるまいし、何ヶ月、何年単位で手を掛けるなんてこともないからな。あ、でももし、仮に観春がそういうことを言い出したら俺は作らなくちゃいけないのか。一週間かかるデミグラスソースだの、なんたらかんたら、みたいな呪文のような料理を。



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