(5)



不真面目甚だしい応答をした彼は、ようやく引っこ抜いた手を、バターと、俺の欲情でべたついたそれを満足そうに己の鼻先でひらひらさせている(残念ながら、彼の顔の手前ということは、つまりは俺の目の前でもある)。
表、裏とひっくり返し―――やるんじゃないかと恐れていたのだが―――ぺろりと舐めた。世の中に破って良い約束があったとしたら、今の行動をおいて、他に何があるだろう?

「はぁ、もっと早く着くかと思ってたのに…、残念。時間切れ」
「しらねえよ…」

相変わらず蟹挟みをされているので、身動きが取れないのだ。悪態を吐きながら身体を左右に揺すると、美青年の皮を被った悪人は、背を反らし、僅かな距離を作って、怒る俺を眺め始めた。口許には未だに蕩けるような笑みが漂っている。直視できないからやめてくれ。

「今、何時くらいなんだよ」
「んん、あー、後十分で一時かな」

…なんだって?!
時計、時間を確かめるもの、は…そうだった、無かったのだ。慌てて冬織の(観春の、)腕時計へ視線を落とす。冗談であれば、と思ったが、生憎、短針は「1」に限りなく近く、長針は「10」を既に回っていた。
意識を支配していた、甘ったるく重く、背徳的な空気は、瞬く間に霧散した。冬織から脱出することはすぐ二の次になっていて、張った広い両肩を揺さぶりながら俺は叫んだ。

「なにやってんだよ?急げよ!着替えとか、…風呂とか!いいのか!こんなことやってる場合か」
「平気平気、今日呑んでるから、すぐ寝ちまうだろうし」

当の本人は暢気なもので、こちらの方が余程焦っている。恋人は俺を抱えたまま前傾し、大分冷えたパイを素手で割った。まさか、先ほどまでひとの下半身を弄り倒していた方の手じゃないよな、勘弁しろ、と蒼白になる俺を余所に、口へ放り込んだ。
もぐもぐと咀嚼して「甘い」などと宣っている。欠片を零すくらい、無造作にものを食べていても様になるだなんて、世の中は不公平だ。

「なんかすごく良い匂いするけれど、どうしたんだ?」
「貰い物のカボチャ!」と、怒鳴りつつ冬織を持ち上げようとして――断念する。彼はそれをおかしそうに観察している。
「明日、あ?今日か?とにかく死ぬほど食わせてやるから、さっさと支度しろ!」
「…青梧、俺が帰ってきたのに嬉しくねえの?全然喜んでくれないし」

喜びの前に驚愕が勝り、加えて時間切れになっただけだ。それよりも、辻褄を合わせる方が重大事だ。下手を打ったら、だって…どうなる?
俺の忍耐なんてどうでもいい、大切なのは、お前、お前の存在そのものじゃないか。

冬織が小さく溜息を吐いたのも気が付かないふりで、ようやく立ち上がった彼の背中を部屋の方へと押していく。若干、前屈みになったのも、押す力が乱暴になってしまったのも、すべての原因は、ぶつぶつ文句を垂れながら歩くこいつ自身だ。密着していたからなのか、どこかくたっているシャツを睨め付けて、そんなことを思う。

(「…うれしくないわけ、あるか」)

本当は、縋り付きたい。話をしたい。一緒にベッドに潜り込んで、明ける朝から逃げることが出来たら。

…詮無い願望だ。



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