(7)
「遅い!」
「あなたは、一体何をしたんですか!」
遊興街の出入り口―――曲輪御門(くるわごもん)で、花精は立っていた。陽気に負けたのか、用が終わったのか、あの灰色の外套は腕に掛けられ、見慣れた黒衣の姿に戻っている。顔を見合わせ、開口一番怒鳴り合った。そして、互いにぐっと黙り込む。
門は正午に開かれたばかり、行き交う人々は曲輪の中に仕事を持つものか、前夜に遊んで帰ろうとしている客が大半を占めている。夜に比べれば人出も少なく、突っ立ったままの二人を無遠慮に視線が撫でた。
「…僕は。お金を稼ごうと思って」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げながら、燭は外套をばさりと広げた。え、と思うまもなく、上着は跡俐の身体をすっぽり収める。
「…目立つだろ、その格好。夏渟の、祝祭の衣装だぞそれ。どっから引っ張り出してきたんだ」
「北央にいた頃、旅人から買ったんです。道で芸をするのには丁度いいと思って」
「はあ…、まあ、いいけど。頭っから爪先まで真っ赤っかで、…打って付けだな、確かに」
首元で釦を止められる。花精は、髪を覆っていた布を取り払い、襟を正した。首を彩る花紋の斜め上に、目が釘付けになった。先ほど、旗人たちに見せていたしるしがそこにあった。
凍り付いた自分に気付く風もなく、燭は腰に手を当て、やや前傾して顔を覗き込んでくる。
「それで。何で金なんて稼ぐ必要があるんだよ。探花の、報奨金が出ているだろう」
「使いました。そんなもの」
「…な、ん、だって…?」
「だから、使いました」刺々しい気持ちに自ら苛立ちながら、跡俐は繰り返す。
「全額。金銭で千ほど、貰いましたけど」
「ぜ、全部かよ」
「ええ。きれいさっぱり。だから路銀の足しが必要だったんです」
今度、茫然となったのは彼の番で。子どもじみていると分かってはいたが、それに些か溜飲が下がったような思いで頷く。
「家に、仕送りでもしたのか?」
「僕は拾われ子なので。送る親なんて居ません。育ててくれた師父も、そういうのを希むひとではありません」
「そ・・っか。そう、だな…」
悪かった、と告げる様子に、胸の何処かが僅かに痛んだ。何に、何故、謝るのか、と糾弾したい一方で、厭らしい言い方をしたことを申し訳なくも思う。何より、妙に人間臭さのある彼自身に混乱する。
「大したことじゃないでしょう。…ここでは、よくある話です。それより、僕に話があったんじゃないですか。僕も、あなたに聞きたいことがあるけれども」
「…じゃあ、お前が先で」
「あなたが先に言って下さい。―――こんなところで立ちっぱなしもなんですし、…歩きながら、話しませんか」
「分かった」
着替えるのもまどろっこしく、与えられた外套を有難く借りて、官舎へ向かう。燭も少年の歩幅に合わせて歩き始めた。黒い長靴は土埃にまみれていて彼の慌て振りが伝わるようだった。また、気分が沈む。花精の印象とはこれも、程遠い。
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