(6)
「燭さん、」
「しょくさん、じゃねーよ。こんな所で何してんだ、馬鹿!」
「いえ、…その」
人の輪を縫って、彼が目の前に立つ。行動そのものに責めは感じないものの、黙って出てきたばつの悪さはあった。で、自然、言葉も濁る。
先ほどの旗人たちが、燭と自分とを交互に見遣り、得心したように言った。
「おお、連れか」
「そやつは何ができるのだ?やってみせい」
「はあ?」と燭。これは、まずい。
「このひとは…、」
「俺は、兄だ」
「へ?!」
単なる連れで、と言いつくろおうとしたら、燭の方が先に口を開いた。しかも、とんでもない台詞を吐いた。愕然と見上げると、例によっての、飄々とした顔で跡俐を指差す。
「で、こいつはオトウト。街を出る算段がついたんで、呼びに来たところなんですよ」
「ほお、それは残念なことだ…」
「また近々参りますんで、そのときはどうぞ、ご贔屓に」
ぽんぽんと飛び交う遣り取りに、目を丸くする。これではまるで―――、
(「…本当に、人間みたいだ…」)
ここ数日の間に、玄冬宮の中で、燭以外の花精を幾人も見た。皆、見目が整った若い男女の姿をしていたが、どこか、儚さのある―――陽炎を思わせる印象を受けた。
そして、多くの花精たちが「冷めて」いた。正灰旗の番となり、罵倒されていた、あの黄両のように。
花護に番うのは、彼らにとっては宿命という名の仕事でしかないのかもしれない。花護はその任に就くことを至上の誉れと思う。でも、花精は、どうなのだろうか。
かつての自分と同じく、花護も人間も、単なる道具だと思っているのでは、ないか。
娶せの儀の折、「ゆめゆめ忘れるな」と蜜月は言った。
彼女の言葉は、人と花は大して変わらない存在なのでは、と感じた気持ちに掛かるものだと推測していた。それなのに、実際は逆にしか思えない。
お互いが道具なのではないか。優れた使い手と、信頼に足る道具。
ならば、燭は?
こんなにも、人間に似た言動を取る彼は一体。
「贔屓贔屓と言われても、貴様に何が出来るのかわからねば贔屓のしようもなかろうよ」
「如何にも。せめて一度なりとも座敷に上がってみせよ。…いいや、今ここでもよい。弟の芸はなるほど、大したものだが、兄は背ばかりの木偶かもしれんではないか」
「―――!」
ぼんやりと巡る考え事に頭を浸していたら、話は妙な方向に転がっている。はっと正気に返ると、既視感のある光景が、あった。燭を嘲笑する旗人と、己の番。
「…やめろ、」
「ここでは、障りがありますゆえ」
芸事に使う安っぽい装飾のついた飾り刀の柄を、抑え込んでくる手の感触まで同じだ。ひんやりと低い体温。滑らかな膚が、怖いくらいによく馴染む。
燭は、跡俐を抑えている手はそのままに、もう片方で首元の布を僅かにずらした。自分の立つ位置からは見えなくて、身動ぎをするも、彼の力は意外に強い。
男たちは息を呑み――――それから、下卑た笑みを浮かべた。
「…成るほど」
(「…なんだ…?」)
「確かに、な」
「お、おお…」
「おわかり頂けたようで。俺―――わたくしの、芸をご所望であれば夜が更けてからになさいませ。ここでは、…あまりにも明るすぎる」
うっすらと口元に漂う微笑みは、幾度となく目にした花精のもの。凄艶で、華やかで、ひとを見下している。
瞬きも忘れて、食い入るように燭を仰ぎ続けていると、手首を掴んでいた拘束が緩んだ。頭を数回、はたかれる。
「ほら、行くぞ。…金、忘れんなよ」
「あっ、はっ、はい!」
「それでは、俺たちはこれで。御大尽方」
流麗な所作で頭を下げ、彼が踵を返す。地面に置き去りにしていた、金を入れた皿や剣鉈、細々としたものを入れた袋を拾い上げてその後へ続いた。
遠巻きに眺めていた人々も飽いたように散っていく。不規則にばらける、己よりも体格の良い身体を懸命に避けつつ、先を歩く長身を追い掛けた。脚の差分だけ、すぐに置いて行かれてしまう。燭に待つ雰囲気はなく、歩みは、駆け足になる。
「あれは男娼であったか」
(「…え、」)
「あまり抱きたいとは思わぬなりをしていましたな。果たしてあれで客が付くのか」
「いや、以外と『あちら』の具合は良いのかもしれんぞ、…くく、」
「これは、――殿。そのようなご趣味であったとは知らなんだ」
「珍しい目の色をしておったのお。…まるで、花精のような」
「花精な訳は無かろうよ。花精とは、もっと見目のよいものだ」
(「―――く、そッ!」)
にちゃにちゃとした、粘着質の会話が耳から脳を侵しにかかってくる。両耳を塞ぎたい思いで跡俐は必死に走った。
次に庭都に来るときは、この場所には絶対に足を踏み入れない、そう、固く誓った。もしあの旗人たちに遭ったら、一刀の下に切り捨てているかもしれない。
怒りの理由は、うまく口には出来ないけれども。
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