(3)



「…おい、供も連れずにどうしたんだよ」

せめて侍従くらいは連れているかと思いきや、少女の姿をした花精はたった一人でそこに居た。

長く伸ばし、扇状に結われた淡い色合いの金髪も、碧色の瞳孔に黄金地の双眸も、まばゆいばかりだ。金糸で梅の紋様が縫い取られた袍もよく似合っている。
己の美醜に拘らずとも、もののうつくしさはよく分かる。蜜月はいつ見ても清艶で、可憐だ。外見だけではない、百花の王を拝命するだけあって、その理力は強大の一言では片付けられない代物だ。おそらく、現百花王の中で、最強だろう。
蜜月を己の番に、と思う花護は数多居ても、この数百年の間、彼女の隣は空席だ。従って、冬園に執政は不在である。燭と蜜月の間では最早軽口の種ともなっている話題だが、現実には当り前に、笑えない話だ。
そしてまた、自分は友人をひとり置いて、玄冬宮を出ようとしている。


振り返った燭が近付くと、珍しくも百花王は俯き、ぼそりと呟いた。

「…妾が、供じゃ」
「へ?何だって?」

聞き返すも、蜜月は溜息を吐いただけだった。それから、言った。

「……花護は如何した。早速諍いでも起こしたのかえ。そなたは己の口の達者さを、よく心に留め置き、自重するが良かろうよ。今まで、それで幾人の花護が不平を漏らしたことか」
「分かってるよ」と苦笑する。「…跡俐は、街に出て行った。何でも一人で用があるとかで、俺は留守居を仰せつかったんだ」
「何じゃ、つまらぬ」と蜜月。白い頬はふうっと膨らんだ。
「仲違いでもすれば愉快なことよ、と思うたのに」
「だからお前は暇って言われんだよ…」

冬園を一人で統べる百花の王の台詞かよ、とげんなりしつつ、拡がる裳裾を避けて床を踏む。本当は、暇なわけではないと分かっている。久々に覚醒した自分を案じてきたのかもしれないし、本当に用事があるのかもしれない。いずれにせよ、早く帰してやらないと彼女の周りの者たちが心配をする。

先ほどまで掛けていた椅子のところまで戻り、卓からもう一脚、椅子を引き出して蜜月へ勧めた。友人は、何処か所在なげに見える。不思議と肌寒くなってきた室内に、肩のあたりを擦りつつ、玄関脇に設えてある竈の方へ向かう。

「話があるなら座れよ。あいつはまだ帰ってこないだろうし、今、温かい茶でも用意するから…」
「その儀には及ばぬ。―――妾は供じゃ、と申したであろ」
「…何、」

凛とした、…しかし、何かを畏怖するように震えた声が背を打った。驚き、歩みを止めた長靴の足元に、ざざざざ、と漣が起こる。


「―――っ?!」


石の床だ。水などない。しかし水流はあっという間に渦を巻いて自分へと絡みついてくる。流れの中から白い手が、にゅう、と伸びた。燭は堪らず悲鳴をあげる。
まさかとは思ったが、考えつく気配、そして相手は、ただひとりしかいなかった。

『しょく、』
「北君(きたのきみ)!」

呼びかけに応えるように、眼前へ現れたのは、百花王を震え上がらせる唯一の存在。蜜月とよく似た衣装を、絶世の美形に纏った神。


冬園の庭師、玄(しづか)である。



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