(2)



燭は樹木の花精だから、草花(そうか)の花精よりは丈夫な性質だ。それを証明するかのように、今までうっかりと生き延びてしまった。取り柄は、重ねた年月のみ、と言っても構わないくらい。いつ枯れてしまってもおかしくない。今後もこの調子で長らえるのかもしれない。自分が枯れても、次代の南天が生まれるだけのことである。

しかし、彼はまだ十六だ。碩舎の修業に四年を残して花護になろうとしている。優秀なのは結構だけれど、一方で、こんな子どもが、と思う。
初対面の彼は随分とうぶな印象があり、話し掛けたり、ちょっと笑ってみせたりするだけで、顔を赤らめ硬直していた。正直、面映ゆかったし、あまりにも素直過ぎる少年の先行きが心配でもあった。

だから、守ってやらねば、という花精の本能と、次はどんな表情をするのだろうかという純然な(そして些か趣味の悪い)好奇心とで、「一緒に行こうか」と申し出た。
で、いともあっさりと、ふられたのだ。



窓辺の椅子から立ち上がり、簡素な部屋の、姿見に全身を映してみる。
南天の刺繍が入った黒色の上着、中に着込んだ白地の衣は、腰の辺りで絞れるようになっている。丈は膝まである。鹿の革をなめし、これまた黒く染めた長靴で、銀製の金具がちかちかと光る。燭の素肌にあたる部分は、両手と、僅かに開いた胸襟から上だけが晒されて、後は衣服の中だ。首回りには花紋が浮き出ている。つい、癖で触る。

ひょろりと高い背は、いつか跡俐に追い抜かれるかもしれない。黒炭のような髪と、血の色をした目。花精は出自で膚身のいろが大抵定まる。燭は南天の種で、冬の庭に属しているが、花は夏の季節に開く。すると外見や能力にも、少なからず、夏の影響が出る。その所為なのか、燭は他の冬の花たちに比べれば然程白くもない。
人間にして二十代後半から三十代前半の頃合いに見えるだろうか。さっぱりしている、と言えば聞こえはよいが、目鼻立ちの特徴はどの部分も申し訳ないほどに薄い。花精ではなく、人に間違われることがあるのも我が事ながら合点がいく。あまりにも平凡過ぎるのだ。

花精は己の容姿に拘りがない生き物である。美人になりたい、とか、恥ずかしいなどとは露ほどにも思わないが、今まで番となった花護の中には、風采の上がらない燭の外見を、疎んじる者も多かった。
跡俐も、この数日で、他の花護たちの連れ合いを見て悟ったのだろうか。己の花精が、如何に地味なのか、ということを。

「…これで強けりゃ文句も言われなかろうが、理力も並だからなあ…」

風火金水の力―――ことわりを操る、花精の能力。それすらも並だ。
生きた分だけ強くなる仕組みであれば有難い限りだのに、ある程度の成長があった後は平行線を辿っている。花精の力は生まれた時点で決まっているのだという。訓練や時間で何とかなるものでは、ない。人間とはつくりが違う。

鏡に全身を映しながら、いつか、あの少年はもう一人くらい花精を得ることになるやもな、と思った。いや、きっと必要になる。自分だけでは用が足りなくなる日が来る。

それはきっと幸せなことなのだろう。


「…年寄りの長考かや。それとも、己が姿に見入る趣味でも出来たのかえ?」
「…うっせえな。何だよ暇人」


影のように、後ろに現れた小柄な姿へ悪態を吐いた。振り返ると、案の定、冬園の百花王にして、燭の古くからの友人、蜜月が立っている。



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