傾陽



娶せの儀が終わって数日、跡俐(あとり)と燭は未だに玄冬宮のある、庭都・擁羚(ようれい)に留まっていた。
取り敢えずの逗留先にと、案内された空の官舎で、燭は、気が抜けたようにぼんやりとしている。

この世界は年単位で季節が巡る。統治する庭師の力そのものが、季節。四年を一節として、春夏秋冬がやってくる。
今は、春御方(はるのおんかた)が司る年で、氷雪の庭、冬園にも暖かな息吹の恩寵が降り注いでいる。朝方や夜は流石に冷えたが、太陽が天頂に輝く真昼ともなれば、冬園では手放せない、分厚い外套の下も汗ばむほどだ。

時刻は昼の手前。硝子が嵌め込まれた窓は一面の青だった。外はからりと晴れ、乾いた空気が鼻先や四肢の末端を優しく冷やしている。鳶の声が、どこかから微かに聞こえる。
市中に出れば、人馬に、車が行き交う喧騒がある筈だった。外出日和と言われれば、その通りか。
久方ぶりの外界に初めは体が馴染まずにいたけれど、二、三日でそれも慣れた。慣れが暇になるのは早く、今日は朝から欠伸ばかりをしている。


この数日間、跡俐は、出掛けていた。
昼前に出掛け、夜も遅くに帰ってくる。何処に行っているのか、と問うても「街へ」の一言。何をしているのかまでは、聞けなかった。それならば、と、花護と花精の常で同道を申し出たのだが、断られてしまった。
今日も今日とて、粗末な暗い色の衣袍を着、背嚢を負って、朝食もそこそこに出て行った。少年が外出した後、仕方なしに燭は、手持ちの花餅と水とで簡単な食事を済ませた。

花餅は特殊な土を滋養液で捏ねた、楕円の餅のようなもので、花精の常食である。
種族によって土や養液の種類、配合が変わる代物だ。人間にしてみればひたすらに甘い味しかしないらしいが、日持ちが良く、非常時には人花問わず貴重な食料となってくれる。
人事令を待つ、玄冬宮に滞在している間、食べ物や新鮮な水は、花精たちが詰めている胎宮(はらみや)へ赴けば好みのものをただで手に入れることができる。辞令が下りた後は、花護の給金から購う。官吏になりたての花護は給料も安く、粗悪なものしか口に入らなくなる。仕方のないことなので、せめて、庭都に居る間の食い納めと味わうのみだ。

そのように食事を済ませ、気付けばこんな時間になっている。外の景色を眺めながら考え事をしていた筈が、具体的に何を、と反芻しても欠片も思い出せない。どうやら、あの少年に「付き添いは不要です」とにっこり笑われたのが、地味に堪えていたらしい。気付いて、自然、苦笑いが浮かんだ。

「どっちが餓鬼なんだかなあ…」

燭が数年ぶりに得た番は、やわらかな、煮えた飴の色合いをした髪、深い栗色の目に、冬園人らしい膚の白さを持った少年だった。

旗人の出ではない、と彼は言ったが、なかなかどうして、顔つきには品位があり、声音は快い。衣袍さえ整えてやれば所作も言葉使いも立派にどこかの御曹司で通用する。
外見だけではない。国試の成績も第三位である「探花」で通っている。後は家柄さえ揃えば、けちの付け所は見あたらない。強いて言えば、…突然、予想だにしない状況で短気を起こすところか。尤も、あの日以来、彼が語気を荒げたり、喧嘩をしたりする様子はない。基本的には温厚な性格なのであろう。

国試第三位までは、「翰林院」と呼ばれる、執政・百花王付きの部署に、ほぼ無条件で配属される。内勤である。旗人相手に抜刀するなど、単なる浅慮なのか、気骨の現れなのかはわからないが、どちらに転んでも、危うい。蟲を狩るような外勤きでなくて、本当に良かった。



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