羅針(1)



【惺】

四時間目の数学が終わり、鞄から携帯電話を取りだしてスライドさせた。ヘッド部分がほんのりと光っている。メール着信、の文字が画面に浮き上がった。

送信元:山ノ井 夏彦
件名:昨日の件
本文:サギサカちゃんとお話しちゃった?(v^∀゚)φ

「…………」

何だ?ファイ?空集合?この最後の奇怪なマークの英字記号の集合体はどういう意味なんだ。
それを無視するとしても日本語で書かれている所は流石に理解が出来る。匂坂美雅に告白の返事をしたのかどうか、昨日の宣言通りに聞きたくて仕方がないらしい。万事、刹那的な興味で物事をやり過ごしているあいつにとって、割と興が惹かれるトピックスになっているようだった。

残念ながら俺は夏彦の暇潰しにネタを提供するほど――それが人の感情であるなら尚更だ――暇人でも悪趣味でもない。少し考えてから返事をする。


送信先:山ノ井 夏彦
件名:Re:昨日の件
本文:まだだ


送信。ついでに昨夜届いたもう一本のメールを確認する。
同じく夏彦から届いたもので、彼の側仕え(随分と時代がかった言い回しだ)たる南街氏が調べた生徒の学籍情報だ。
入手方法が真っ当な遣り方とは程遠くなってしまったので良心が痛んだが、手数を掛けて教えて貰ったものをフイにするつもりもなかった。『1年W組 学籍番号 H32 匂坂美雅』。手紙の差出人だ。
頭の中でもう一度復唱し、携帯電話がサイレントになっているのを再度確認してから鞄へ戻す。次に引っ張り出したのは、紙束と立候補届出用紙。
届出用紙の記入事項――学籍、氏名と署名、立候補する役職と、応援代表者の氏名――すべて記入をし、出すのみだ。


選挙は大抵、前年に生徒会総務部――事務局とも呼ばれているが、そこに所属があったものが立候補するのが常だと聞いた。構成員の固着に繋がるとの批判も出ているが、引き継ぎや相談事が楽なので着任した側は有難い。両学科から選出される人数はなるべく同数になるよう定めてあるので、選挙さえ適正に行われれば、そこまで強権的に偏ることはない筈だった。
時々、とんでもないカリスマの会長が現れると、引退した後も院政、だの傀儡だのがあるらしいのだが、あっという間の3年間、しかも受験まで控えている状態でよく入れ込む余裕があるものだ、と感心する。日夏の生徒会にそれなりの権力があるのは否めないが。

「あれ、見目、それ届出用紙?」

前に座る久連山が目聡く見つけ、指をさわさわと開閉させた。

「出す?俺受け取るよ?」
「いや、用事があるから次いでに本部へ出してくる。悪いな、わざわざ言ってくれたのに」
「いいっての。見目が立候補するなら選管なんてやるんじゃなかった。堂々と応援できねえもん」

選挙管理委員の彼は表だって応援が出来る立場に居ない。俺としてはそう言ってくれるだけでも有難い。遣り取りを耳に挟んだらしき、久連山の隣、素野が笑いながら胸を張った。

「大丈夫。その分、うちらが総出で担ぐから」
「頼むよ、ソウノ。見目は普通科の希望の星だからな」
「騒がなくても全然いけそうだけどね。ね、副部長」

素野は剣道部におけるもう一人の副部長だ。もし、当選して生徒会に俺が入ることができれば、おそらくは時期部長として剣道部を牽引していくであろう、頼れる女子である。
楽観的な物言いに、「さあどうだろうな」と小さく肩を竦めれば、我がクラスの選管殿は唇をつ、と尖らせた。

「特進は生徒会の所属経験がなくても当選できるじゃねえの。俺たちは元からハンディがある。あっちで派手な奴は名前や顔だけで票が入るって先輩も言ってたしさ、見目だから心配してねえけど、普通にやったら特進の天下っしょ。同数ルールも当てにならないみたいだし」
「でも先生たちは特進科の会長とかってやりにくいんじゃないの?」と素野。
「教師はどうだかなー。特進の先公は当てになんないだろ、少なくとも」





- 7 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -