紙のような安堵(3)



硝子のはまった引き戸をからからと開き、先輩と俺は大江家を後にした。荷物が多い所為なのか、狭い私道ではなくて、天神様の裏を大回りしてから川沿いの道へ出た。
初めはあまりにも歩幅が違うために置いてきぼりがち、俺は小走りで先輩を追い掛けていたのだが、社の正面を抜けた辺りですぐにばれた。

「悪いな。ついずかずか歩いてしまう」
「や…謝ることじゃないですよ…」

女に気を遣うならともかく、男にまでそんなことで謝らなくてもいいのになあ。御陰で先輩のスピードは格段に落ち、俺はいつもの速度で脇へ並ぶことが出来た。
そこで、あれ、と思う。ユキとはこんな風にはならない、常に同じ早さで歩けている。
――つまり、あいつが素晴らしく気を遣って歩幅とか速さとかを合わせてくれている訳だ。
実に十年以上経過してからようやく気がついてしまった…。それについて俺は何かアクションをすべきなのだろうか。

「…手紙のことだろう?」
「……はっ、あ。はい」

唐突に切り出されて相当間抜けた返事になってしまった。先輩は真っ直ぐ前を見たまま、続けた。

「確かに受け取ったから、心配しなくていい。…斎藤の悩む番は終わりだ。次は俺が考える番だから」
「……済みませんでした」
「どうして謝る」
「元々渡すつもりなかったんです」と俺は明かした。「ああいうの、中継するのあまり好きじゃなくて」
「だが、手紙は俺の手元に来た」

全くもってその通りです。

「だから、終わったことで悩んだり、謝罪をする必要はない。第一、俺が気にしていないのだからな」
「………」

はい、と明確な返事をするのは憚られて口を噤んだ。
見目先輩に悪いと思って謝っているのか、あくまで自分の信条を破ってしまったから拗ねているのか。段々分からなくなってくる。

「先輩は…」
「うん?」

あいつに、何て言うんですか。
思わず聞きそうになって、顔を上げた。穏やかな、中庸の表情を保ったまま先輩は見下ろしてくる。考えるのは自分の番だ、と言いつつも、彼の中では答えが定まっているように思えた。そんな先輩を見て、思う。
―――断るのか、受け入れるのかは、俺が知るべきことじゃない。

「なんでも、ない、です」
「……斎藤は、平気だったのか?」
「なにがですか」
「…いや、昨日…」

そこで見目先輩は不思議と困ったように、かつ、表情を隠すように、空手で口のあたりを覆った。あいつが、とか何とか、ぼそぼそと呟いていて、らしくない。

「俺が友人だと知ると、女男を問わず大概が食いついてくるものだが」
「食いつく?」
「いや…。大したことじゃない。些末なことだ」

隠していた手で気を宥めるみたいに、自分の顎を触っている。それから首を傾げていた俺の頭を撫でた。

「………」

どいつもこいつも、背が低いからってホイホイ撫でやがる。眇目になっていると、くすりと笑われた。それも気にくわないので、ガードレールの下を流れる川へと視線をそらした。しかもあれだな、気がつけば先輩が車道で俺が内側だよ。どんだけだ。

晴天を照り返して、水の筋がきらきらと光っている。中程に白い鷺が居て、長い首をもたげて魚を狙っている様が見えた。川を囲う石垣の向こうは竹林、それから小高く土地が隆起していって、外国人墓地と城趾がある。その手前が学校で、渡りの橋はもう少しすれば、先に見えてくる筈だ。


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