紙のような安堵(11)



俺が由旗に返せるものは一体何なのだろう。
それは俺のなかから、取り出せるものなのだろうか。
いつか、誰かに対しても似たようなことを思った記憶がある。誰なのかは、思い出せない。
もしかしたら、いつだって俺はそう考えているのに、今に至るまで答えを見出せないでいて、この先もずっと、誰にも、何も、与えられないで終わるのかもしれない。

それはとても恐ろしい想像だった。
固形の、妙に確りとした――矛盾した容積をもつ虚が自分の中にある。
空疎は内側から俺を飲み尽くしてしまう。由旗の熱がそこへじんわりと染みこんでくる。

「斗与、…斗与」

由旗は嘆くように、いたわるように、―――そして彼自身の感情を刷り込むように発音する。熱の伝染を願うがごとくに幾度も、幾度も。


皆の倖いのためなら、この身を焼き尽くしても構わない、という言葉を聞いたことがある。身を焼くほのおは蠍の火。蠍の火は大火だ。
仮に焼かれて何か残るものがあるのなら、それを由旗が希むなら呉れてやってもいい。
でも、由旗はそんなもの希んじゃいないし、焼こうが煮ようが、俺に差し出せるものは無さそうだった。



再び目を開けた時、電灯は落ちて部屋は暗闇に沈んでいた。外からは虫の啼く声がして、下宿の建屋はひっそりと静まりかえっていた。

俺は寝転んだままで、首のあたりに、ユキの額が当たっていた。
連祷に似た接触は終わり、彼はまるで抱きぐるみみたいにして、俺を抱きしめている。丸まった身体が酷く切なくて、自由になる手でユキのふわふわとした髪を梳いて遣った。ぎゅう、と腰に回された腕の力が強くなった。あれ、起きてやがる。
なあ、と俺は言う。

「今日、ここで寝てもいいか」
「…うん」

ユキは暫く黙ってからもう一度、返事をした。

閉じた眼裏はぼんやりと赤く焼けて、それを直視するのが怖くて、ユキの頭に顎を擦りつける。するとユキの拘束は分かり易く強いものになる。
優しい檻が身体も意識も深いところに沈めてくれるのをひたすらに待った。

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