羅針(8)



欠伸で涙が滲んだらしい目尻をごしごしと擦りながら、新蒔は俺を呼ぶ。
「新蒔、なあ」と俺は言った。それまでの勢いが情けなくも掛けた声だ。

「お前、匂坂のこと心配してんの」
「やさしいでしょー」
「いや、キモイ」
「うわ、ひっど!」

キャッキャと笑う奴は、またしても水を掛けてきた。やめろって。顔まで水が来たじゃないか。

「サイトーはさ、オレやヨシのこと、そういう意味ではキモイって言わねえのな」
「…想像出来ないから気持ち悪いとか気持ち悪くないとかの判断が付かない。保留してるだけだ」
「優っさしー、サイトー。オレやっぱ斎藤のこと、スキよ」

どこがだ。ってかその言動こそが気持ち悪いって自覚してくれ。
先ほど述べたとおり、俺に対して直接的に害を与えない限りは、幸せに生きていてくれれば基本的に何だっていいだけだ。
身勝手な補足を加えつつも、ふと、こいつは、俺の―――匂坂が弱みとして握っているネタを知ったらどんな反応を示すのだろうかと思ってしまった。
期待は浅ましいと分かっていたが、少なくとも、新蒔は俺を苛めたりはしない気がし始めていた。
……からかいはするだろうけどな、間違いなく。

「あーあー。オレと付き合っていたら、こんなことにならなかったのに。ヨシ、マジ頭悪ィ」

全く、滓ほども憐憫は無かったのだが、今この瞬間、匂坂 美雅に対して物凄い憐れみの情が湧いてきたぞ。まさか新蒔に頭悪いとか思われてるなんて、今頃くしゃみが止まらなくて周囲に心配されているんじゃなかろうか。超、なんてあまり使わねえけど、超可哀想、匂坂。

「シャケー!」

何とも間抜けた呼称を恥ずかしげもなく、大声で叫んでいるのは幼馴染みだ。抜け出して来たのが遂にばれたらしい。ユキにしてみれば遅いくらい、ドッジボール様々だ。
勝負が付いたらしく、朝礼台の向こう、グラウンドに居る面々はほとんどが座っている。何人かの男子がスピードドッジをして遊んでいるのが目に入った。痛そうだ。

それらを背景にして、ストライドを有効に活かしたユキがずんずんと進んでくる。心なしかむすっとした顔をしている。
新蒔がひ、と呼吸音とも悲鳴とも付かない声をあげながら立ち上がった。未だ座ったままの俺の後ろに回り込もうとしている。水道と俺の間に挟まって圧死願望でもあるのか、こいつ。ユキはさらに大声を張り上げる。

「その好きってー、ラブ、オア、ライクー?」

あいつは別の意味で可哀想だ。どんだけ地獄耳なんだ、お前。
そして俺もまた別の意味で可哀想。


背後でそれなりの図体を必死に曲げている新蒔が、ぼそぼそと耳打ちしてくる。
首を少し捻ると、迫り来るユキと俺とを忙しなく交互に見遣る目と出逢った。

「…サイトー、行くっしょ」
「…………」

見目先輩、何組だったっけか。剣道部の男子に聞いたら分かるだろうか。
行って、俺は何を言う。朝の質問をもう一度するのか?

新蒔理論を当てはめるのなら、そのときに考えるべきなのかもしれなかった。




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