羅針(7)



「ヨシは王子様を待ってんの。格好良くて、強くて、優しい王子様。笑えるっしょ」
「…見目先輩は確かに、そう、かも」

外見は男らしいし、爽やかだし、多分優しいんだろう。剣道やってるんだから、きっと強いと思うし。そこまで知った仲ではないけど、無責任にそう言うと、新蒔は鼻を鳴らした。

「そんでもってきっと、ノンケとおぼゆ」
「のんけ?」
「ゲイじゃないひとー」
「ああ、お前とか、匂坂とか以外」
「オレはゲイじゃないもん。女の子大好きだもん」
「き…、いや、でも付き合ってたんだろ、匂坂と」

あかん、あまりのキモさ加減にまた腰骨骨折に至る所であった。新蒔はしょっぱい顔をして手をぶんぶんと振っている。

「ヨシは女顔だったからイケっかな、って思ったんだよ」
「いけなかったらどうするつもりだったの」
「え、そんとき考えるつもりだった」

素晴らしいポジティブシンキングだな新蒔よ。厳密に言い換えれば考え無しとも言えるな。人は1年2年じゃそうは変わらないってことか。

「…実際お前の性癖はどうでもいい。俺に直接的な害を及ぼさずに幸せになってくれればそれで充分だ」

正直な心の内を余すことなく伝えると、新蒔の手の振りはさらに激しいものになった。やたらに細く整えられた眉毛もえらいこと跳ね上がっている。

「サイトーに手を出したら殺す、って昨日大江に言われたし」
「―――その回答についてのコメントは控えさせて貰う」

言われるまではどのような心境であったのか、とか、ユキの問題発言とかな。

「そんでさあ、オレ、ケンモク先輩って人、ちょっと見てみたいんだよな」
「なに?」
「噂のケンモク先輩。今度はどんな奴か凄げえ気になる。元カレとしては。ってか、サイトーも気になるっしょ?行こーぜ、2年の教室」
「いや、俺はべつに」
「嘘吐けえ。顔にキョーミシンシンって書いてあるしぃ」
「滑舌ははっきり付けて喋れ」
「カツゼツってなに?カツ?」
「いや…なんでもない…。食えるもんじゃないことだけは指摘しておく」

こいつと長くまともな会話が成立するのは初めてのことだ、と感動しかけていた俺が阿呆だった。新蒔大輔を見くびっていた。
新蒔は「わかんねえし」と理解する素振りもなく、首をぐう、と傾けた。そのまま欠伸。何故だろう、馬鹿にされた気分になるのは!

「難しいことはイイからさあ、付き合えっての!」
「…断る。俺はどうでもいいから」
「またまたぁ、無理しちゃってえ」
「うわ、止めろ阿呆!」

溜まった水をざっと蹴り掛けてきたものだから、量は少ないものの水飛沫がそれなりに飛んできて、濡れた。膝頭と体育着の上に点々と染みが出来る。

「恋のキューピッドとしては最後まで結果は見届けないと!」
「俺はそんなもんになったつもりも憶えもない!」


『だが、手紙は俺の手元に来た』


「………………」

騒ぐ相手にやり返そうと、構えた手が強張った。冷静な、見目先輩の声が俺の感情の座をそっと撫でて融けていった。結果だけ見れば、先輩の、そして新蒔の言うとおりだった。

「サイトオ?」



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