羅針(5)



「大丈夫っしょ。新蒔の言うとおり、この調子だとどうせ負けるし。大江って、ぼんやりしてるようでやっぱ凄いのな」
「あれはただ来た球を返して、当たらないように逃げてる図だと思うんだが」
「…それがドッジボールだろ…?」

言われてみればその通りな気もする。

「何で運動系の部活入らないかなあ」
「あんま好きじゃないんだと」

背が高いのはおそらく遺伝パワーで、妙に馬力が付いたのは拠ん所ない事情の所為だ。元々はインドアかつ夢見る星大好き少年なんだから、あいつは。
心の中でだけそんな注釈を入れて、俺は隣でふらふら揺れている筈の新蒔を見上げた。そしてそこに居るべき彼の姿は、既に無かった。

「サイトォオ!こっちこっちぃい!水道行くんやろぉお!」
「…………」

あんぐりと口を開けたまま見た先――大体目測で50メートルくらい――に、浮ついた金髪をヘアバンドで上げ、ワンサイズでかい体操着にゴムの駄目になったハーフパンツを着込んだ阿呆が手を振っている。しかも可愛く肘から先だけを、こう乙女っぽく。
サボるに当たって、お前には奥ゆかしさとか遠慮という言葉はないのか。

「早く来ないとォー、置いて行っちゃうゾー!」

ないんだな。ってか、きもい。相合も全く同じ感想を抱いているらしく、「キモ」と呟いている。

「ってか新蒔さぁ、一応アイツ元外なんだけど。出番これからなんだけど」
「多分瞬殺だと思うから出ても出なくても一緒なんじゃないの」
「ああ…」と相合は何かを想像しているようだった。
「なんかそんな気もしてきた。いいや、どうせ俺には止める力はない。よし、斎藤、お前お目付役で付いていってやれ」

…元々は俺が水道に行くという名目だった筈なのだが、そこ突っ込んでもいいか。
ちんたらしていても時間の無駄だし、相合にそんなこと言っても仕方がないので、頷きとも否定ともつかない曖昧な首の動作で応じ、新蒔の後を追い掛けた。背後ではまた歓声が上がっていた。活躍しろよ、ユキ。草食系男子の大誤解、解消だ。




コンクリートの打ちっぱなしで出来た水場に辿り着くと、新蒔は水道の水をがんがん出して、素足に浴びせていた。高そうなスニーカーと靴下が無造作に放り出してある。

安っぽい色に染められた金の髪や、いつも首とか腕周りにじゃらじゃらと付けられたシルバーのアクセサリーはお世辞にも似合うとは言えないが、新蒔は健康的な地黒で、背はそこそこ高く、顔立ちだってきっと整っている方なのだと思う。何より全身から出る明るいですオーラがこいつを目立たせている。

大体4月の途中までは頭黒かったしなあ。今ではすっかり立派なチャラ男だ。
俺が前住んでいたところにはこういう格好のやつってまあ居たけど、こっちではあまり見掛けない。担任に目を付けられても、文句の言えない風体だ。

「サイトーもやんない?気持ちーよ」
「俺はいい」

膝の疵を理由にしたものの、正直ボールで擦った程度で騒ぐほどのことじゃない。水に手を浸して軽く洗った。ハンドタオルで拭き取れば薄く皮が剥けている程度だった。
カランを捻って水を止めても、新蒔は相変わらず無駄遣いを止めない。足をびたびたと溜まりに打ち付けるものだから、飛沫がこちらまで飛んできた。

「これからもっと暑くなっからなー。マジクーラー無いとかってねえよな、普通科」
「新蒔ってエスカレータなんだろ。どうして普通科にしたの」

そこまで聞いて、本当に話したかったことと少しずれてるな、と気付く。しかも聞いていいことなのかどうか、微妙なラインの話題かもしれん。
彼も同じことを思ったのだろう、にやにやと笑った。

「何?サイトー、オレに興味出てきた?」
「お前は究極の阿呆だな」
「ひっどーい」

ヘアバンをぐ、と下ろすとひよこ色の髪が鮮やかに散った。新蒔はそうやって頭を垂れたままで、言った。

「匂坂とオレ、付き合ってたの。中等部の3年目、1年間だけ」



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