紙のような安堵(9)



「悪い。…考え無しだった」
「ううん、そうじゃなくって」
「――――気分、平気か?」

斗与は少し俯いてから、ば、と顔を上げた。薄い色合いの目に某かの意思が定まっていて、追い詰められているような、追い詰めているような、ぞわぞわとした焦燥感を味わう。
彼は僕を食い入るように、そして確かめるように見つめてから、教室の壁掛け時計に視線を遣る。

「まだ、休み時間だ。…今からなら、どっか行けば、」
「今からなら、まだ昼ご飯食べきれるね」
「……………」

努めて平静な声で言う。意気込みを挫かれたみたいに、斗与はう、と小さく唸って体を後ろへ揺らせた。畳みかけてもう一度、

「お腹空いたよ」

と笑いかけると、彼は深々と溜息を吐いた。

「俺も。……食おっか」
「うん」

二人揃って席に座り直していると、相合君がシャケの隣の席にやってきて腰を下ろした。付け合わせの煮豆を食べれば彼の弁当は仕舞いのようだった。
シャケはぐったりと背を椅子に凭せ掛け、四肢を伸ばしきっている。口はぽかりと開いて、端には涎。意識は飛んだままだ。もしかしたら気絶したふりをしているだけなのかも。でも確かめるのは面倒臭い。

「こいつ白目向いてるけど平気かなあ」
「大丈夫だよシャケだから」
「はー。そんなもんかい」

シャケの顔を覗き込むのを止めて、ふっ、と相合君の身体が沈んだ。次に手にあったのは海苔巻きのおにぎりだった。囓りかけで、ツナが漏れている。

「あ、それシャケの机の上に置いておけばいいと思う」
「お、了解。何秒経っちまったかな、3秒は軽いよな」
「大丈夫だよシャケだから」

相槌らしきものが無かったので、僕は黙々と釘煮とご飯を掻き込んだ。佃煮とか梅干しとかの手合いはばあちゃんの得意品目だ。心配なく食べられる。斗与は、と見れば一心不乱にミートボールに齧り付いていた。彼が何かを食べている様は僕にとっては和みの時間だ。すごく無防備で、すごく可愛い。

「大江、さあ」
「うん?」
「大江の中で、新蒔って一体何?」
「え…」

僕の中におけるシャケ?シャケの存在意義のことを聞いているのだろうか。
彼を形容する言葉はあっても、定義づけるそれは無い。皆無。強いて言えばバカ?でもバカの一言で片付けるには色々と足りない要素がある気がする。
悩んでいたら、相合君は、「いや、いい」と自ら打ち消した。

「まあ、俺も多分他の連中も、平和なら何でもいいと思ってるよ。…それに自分で質問しておいてアレだけど、正直聞くの怖ぇえし」

それから斗与の名前を呼んで、

「お前、大江のこと幸せにしてやれよ」と言った。「いっそのこと結婚しちまえ、俺が赦す。何故かというと、その方が世界が平和そうだからだ」

口いっぱいにミートボールを頬張った斗与は(栗鼠みたいだった)、非常に何か言いたそうにしていたけれど、即座に返答出来ないで居た。
相合君は本当にいい人だ。優しいし、シャケのことまで気遣っている。中々出来る事じゃない。そんなことを考えながら弁当を平らげ、紙パックのお茶を飲み干した。
斗与も僕の少し後に食べ終えて、ブリックの牛乳をストローから吸い上げていた。満腹は最高の緩衝材だと思う。見る限り、口数は少ないながらも彼のご機嫌は昼休み開始時に戻っている。

「ユキ、」
「何?」

小さなパックがべこべこになる程の吸引力で呑んでから、さっと一瞥された。

「新蒔が正気に戻ったら、さっきの話、しっかり聞かせて貰うからな」
「……はい」

究極的に、君が希むなら、僕が差し出さないものなんてないのだと思う。僕の隠し事など、その程度のものだ。一番秘めなければいけない事ですら、既に明かした後だ。
願った通りの返事を引き出したにも関わらず、頷いた斗与の表情には何処か曇りがあった。彼曰くの「もやもやしている」状態が続いているのだろう。シャケの話で少しでも晴れればいいのだけれど。

その後、5時間目は体育だったので、僕らは慌てて着替えをした。着替え終わってからシャケを覗き込んだら、なんと彼はいびきをかいて眠っていた。
多少迷ったけれど、相合君を見習って今日ばかりは起こして遣ることにする。



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