紙のような安堵(7)



とんでもなく近いところにあったのは、大好きな斗与の憤怒の形相だった。
大きめの目は猫みたいに爛々とひかり、細い喉からはぐるるる、と唸り声でも出てきそうな、そんな顔をしていた。

「と、よ…」
「ユキ。お前知ってたのかよ」
「…う、うん」
「何で言わなかったんだよ、あいつの名前とか、新蒔の知り合いだとか、いろいろ!」
「だって、教えてって言わなかったし。僕が色々聞こうとしたら、それ以上聞くなって言ったし」
「う…」

恨みがましい物言いになってしまうのは不本意だけど、あの時の斗与は一人で抱え込んで、僕が口を差し挟む隙間が無かったから。そういう時は少し時間を置いた方がいいと思った。
手紙を渡したくないのなら、僕がサギサカ某の所へ返しに行っても良かった。斗与があくまで自分がどうにかする、というのなら、付き添いだって構わない。それでも、

「大体で話してくれたから、斗与の中では片付いちゃったのかな、って」
「片付いた…と言えば片付いたけど、俺は相変わらずモヤモヤだ!」
「迷ってないって言ってたじゃん」
「俺だってたまには見栄くらい張るわ!」
「そんなの、僕は基本的に斗与の言ったこと信じるもの!」

思わず立ち上がって言い放つと、シャケが拍手しながらおおおおお!と叫んだ。

「サイトー、ちょっとこいつに上履き舐めろとか言ってみて!」
「煩い!魚類は黙ってろ!」

昼の教室だと充分認識がある上で、僕は吠えた。大体、シャケが口を滑らせなければ、斗与に要らないことがばれないで済んだのに。そうした意味では僕も彼に、隠し事をしていたわけで、薄い罪悪感はセロハンか膜みたいに貼り付いたままだ。
素直に謝ることができれば良かったのだけれど、既に僕の臍は曲がった後だった。
本当のことを打ち明けていた訳じゃなかった、ということは、望みが過ぎると分かっていても、少なからずショックだった。

立ち上がった斗与に、まさかシャケの言葉に従ったのかと、一瞬ぎょっとした。
すんなりとした腕が目指した先はシャツの襟あたりで、もう一度、鷲掴まれる。僕ら二人の間は実に30センチ近い身長差がある。彼の意思をくんだ瞬間、自然に腰が折れて、手が届きやすいように屈んでしまった。
斗与はひっそりと眉を顰めたが、動作を止めはしなかった。視線が逃げ場無く合わさって、初めは平気な振りをしていたけれど、段々と瞬きが増えてくる。榛色の双眸に、酷く情けない面構えの自分が映し出されていた。一方の彼は相変わらずの不機嫌顔だ。

「お前は、今、俺と喧嘩してんだから、余所様に口出してんじゃねえよ」
「うん、…はい」

何処のやくざさんですか、と聞きたいくらいの物騒な発言も、僕にしてみれば幸福中枢を刺激する我が儘だった。思わずへら、とにやけてしまい、斗与の眉間の皺を二つ三つ追加させてしまった。
どん、と押されて椅子に腰掛け直す。あろうことか、彼はそのまま膝の上へと乗ってきた。跨ってシャツにあった手を僕の頬へとスライドさせる。

「ほひょ」
「うっさい」

地味に痛い。僕は斗与のようにやわらかくないので、硬い肉も皮も引っ張られてじんじんと痛んだ。

「俺はな、不運な出来事が重なって、うっかり見目先輩に渡しちまったんだよ」

頬では滑るのか、一端指を離して、今度は唇の端に引っかけてきた。ちょ、っと、これは、

―――――まずい。



- 11 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -