羅針(2)



彼らの危惧に対して特にコメントもせず、俺は立ち上がった。それで落ちるならそれまでのことだ。持っている物で勝負するしかないのは、試合も選挙も変わらない。ただ後者はある種の工作が有効だ。久連山の言うとおり、立候補者や応援人のネームバリューや容姿の良さは票の移動に一役買う。

夏彦の、あのうっすらと切れるような笑みが脳裏に浮かんだ。

『票の取り纏めとかの方が全然楽。にこにこ笑って宣伝してればいいだけだから』

あいつが応援人として立てば、ほぼ確実に誰でも当選してしまうだろう。
夏彦は、やると言ったら必ず遣りおおせてしまう。例えひとが望むと望まざるとに関わらず。

久連山は出て行く風な俺の様子に気付いたようで、「飯は」と声を掛けてきた。

「見目、どうすんの?学食行くなら付き合うよ」
「あ、私も行きたい。祝園も今日学食って行ってたから一緒で良い?」
「剣道部トリオに挟み撃ちかよ!じゃ俺もバド呼ぼう」

思い思いに教室を抜けたり、机を近づけて昼飯を拡げ始めたりしている連中から、友人は同じ部活の連中を捜し始めた。制止すると不思議そうに振り返る。

「俺は、いい。適当に済ませるつもりなんだ。今から出しに行くつもりだし」

笑いながら紙をひらひらと振ると、得心がいったように頷きが返された。

「了解。じゃあ俺は両手に花で行かせていただきます」
「ええー、見目来ないの?」
「俺だけじゃ不満かよ」
「うん」

オーバーアクションで机に伸びる久連山、そう言った割には満更でも無さそうな素野を置いて、級友たちを躱しつつ、騒がしい教室から出た。



特進科1年の教室は棟の4階にある。学年が上がるにつれて、教室の位置が下がっていくのは普通科も同じだ。時間割の構成も同じだから、相手も昼休み時間の筈だった。
取りあえず訪ねて、居ないのならまた時間をずらして逢いに行こうと思う。

「…先に選管本部に行くか…」

昼休みで俄かに賑やかしくなってきた廊下を歩く。衣替えが本格的になって、すれ違う同級生たちもかなりラフな格好をしていた。日夏の普通科は染髪、ピアスは厳禁だが夏服の上やスカートの丈はそこまで煩くはない。
ただ、髪を茶色や金にしてみたい、ピアスも空けたいという生徒からの希望は根強く、過去、公約に掲げた普通科立候補者もそれなりにいたらしい。
自分に言わせれば、現に至るまで簡単に実現できないことは、方策もないのに叶う筈はない、ということだ。守れない約束なんて、するものではない。



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