紙のような安堵(4)




「聞きたかったことはそれだけか」

俺が黙り込むことで生まれた沈黙を破って、ぽつりと先輩が漏らした言葉が、妙に胸へと入り込んだ。責められていると思うのは錯覚だ、と思う。けれど酷く失態を犯した気になって、降ってきた低い声と焦りが相俟って心がざわついた。

「……多分」
「自分のことなのに、多分、か」と先輩は嘆息する。「………斎藤はほんとうに俺が苦手だよな」
「…そういうのを聞くのって卑怯です。しかも、朝からする話じゃないと思う」

さらに付け加えれば、もうじき学校に着くようなタイミングでする話じゃない。彼らしからぬ、――正しくは見目惺、という人物のイメージと外れたTPOの悪さだ。

「確かに。じゃあ、今度首っ引きで話すか。夜にでも」

それじゃあまるで拷問だ。
俺の心を知ってか知らずか(分かってるな、これはきっと)、薄い笑みさえ浮かべて見目先輩は此方を見た。対する俺は平静を心掛けた。be無表情。それから返事も回避。
余計な事を言えば、これ幸いとどつぼに追い込んでくるタイプだと推測する。
天然でこれなら凶器に等しい爽やかさだ、けれど、万が一にも腹が真っ黒クロスケならば俺ごときが太刀打ちできる相手じゃないような気がする。
そもそもあの林先輩ですら何とかしちゃうようなお人だからなあ。

「俺は斎藤と仲良くなりたいよ。何故、わざわざ日夏を選んだのか、どうして部活に入らないのか。休みの日は何をして過ごすのか、とかな」
「……部活に入らないのは、入りたいところが無かったから。休みの日はいずれ、海かプールに行こうと思ってます」

典型的な可愛くない回答を即座に繰り出せば、見目先輩は目を丸くしたようだった。一晩中膝詰め(は誇張表現かもしれないけれど)で、先輩と自己紹介大会なんて悪夢過ぎる。

「日学にしたのは……」

母さんの母校だったから。もう一度ここに戻ってきたかったから。兄貴に面倒掛けるのが厭だったから。
それから、それから。

「火、が…」

あれ。何だっけか。
俺の視界にするり、と柔らかい色の影が奔り、それは先輩の掌だった。軽く唇に当てられた指はごつごつとして乾いていた。

「はい、そこまで。折角の話す機会をなくすなよ。……全く何というか、見た目と逆で、意固地の塊のようなやつだな」

なくしたいから喋ってんだ!とは流石に言えず。つうか、外見のことは余計なお世話だ!!

「俺はお前の目の色、好きだけれど」

――――ああ、やっぱりこの人、苦手だ。







その後、俺と先輩の不毛な会話は東門を過ぎて昇降口へ差し掛かるまで続いた。先輩は荷物を持ったまま武道場へ、俺は教室へ直行。洗濯でも芝刈りでも潮干狩りでも、好きなところへ行ってくれ。謹んでお見送り申し上げる。

荷物故の遠回りかと思っていたが、もしかしたらあの愚にも付かない遣り取りをする時間稼ぎだったんじゃないか、と曲解したくなる。

俺は先輩に、クラスメイトと仲良くやっていけているか(そこそこだ)、下宿の連中とはどうだ(こっちも悪くない)、ユキとはどんな関係なのか(だから幼馴染みだって言ってんだろうが!)を不本意ながらゲロさせられ、代わりとばかりに先輩は、部活のこと(今度大会に応援に来ないか、と誘われた)、生徒会に立候補すること(何かそんなものやってるな、としか思わなかった)を話してくださった上、今更ながら初対面で女に間違えたことを詫びられた。だからその話題ももういいっての。

教室へ到着する頃には手紙を押しつけてしまった罪悪感は奇麗さっぱり、水洗便所にでも流したみたいに消失していた。あの人なら何とかしてくれそうだ、むしろ試練と思って乗り越えていただきたい。例え性差を超えて付き合うと言われても、祝福してやる心づもりだ。

この心境の変化こそが先輩の本当の狙いだったら、とてつもなく恐ろしい。





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