紙のような安堵(2)



むしろ願ったり叶ったり、と思って、はっとする。食い入るように人好きのする顔を見つめると太い眉が困ったように下へ垂れ、苦笑された。

「穴でも空ける気か」
「え、あ、済みません…」

促されるまま席に付くと、二人分の飯茶碗にご飯をよそった先輩がてきぱきと配膳をしてくれた。慌ててまた詫びを入れようとしたら、

「ほら、早く食うぞ。…いただきます」
「……い、いただきます」

親指と人差し指の間に箸を挟み、しっかり瞑目して挨拶をする彼に倣う。麦味噌の味噌汁に白米、納豆、味海苔。漬け物と目玉焼き。付け合わせはソーセージと炒めたほうれん草。大江家のオーソドックスな朝食だ。
黙々と食べていると、テレビの前のローテーブルに弁当箱が二つ置かれる。目が合うと深い皺の刻まれた顔が柔和に微笑んだ。

「林さんたちもじき起きよるけん、急がんと遅刻するばい」
「!…はい」

双子のテンションは朝から振り切れている感がある。入居まもなくの1度なんて用もないのにたたき起こされた。
林先輩や、ただいま眼前で目玉焼きに醤油をお掛け遊ばしている見目先輩は朝練がある類の部活なので早起きで、残りは帰宅部か文化部なので時間が許す限りは寝ている。ユキは百葉箱だか計測だかがあるらしく、当番の日だけ早く出て行く。

(「…おお、そういえば」)

この調子だと俺はユキを置いて先に登校することになるのか。
別に約束しているわけじゃないけれど、同じ家から出て行くから毎朝一緒に学校に向かっている。前述の当番の日は、大抵前の日にユキが「明日は部活で朝早いから、ごめんね」と残念そうな面持ちで申告してくる。俺は特にすることなんざないから、「ああ、うん」と返事をするのみだ。―――これは連絡した方がいいのだろうか。

「おばさん」
「なん?」
「今日、俺、見目先輩と行くので、…ユキに伝えて貰えますか」
「よかとよ。ユキちゃんな、いっちょん斗与ちゃん離ればしきらんけん、たまにゃあよか。あぎゃん太かば体して、にゃあ」
「あ、ははは…」

俺『離れ』って一体。幼馴染み、とは言えど5年は別々に暮らしていたわけだし。
そもそもユキに甘々なばあちゃんから見てもあいつの過保護っぷりは明白ということか。何だか気の滅入る客観的意見をありがとう、ばあちゃん。
くつくつと押し殺した笑い声が聞こえて、まあ、相手は分かっていたので仏頂面を作って見上げた先には、品を損なわない程度の豪快さで(全く器用なものだ)白米を掻き込んでいる先輩が居た。

「なんです」
「………、はは、いや、なあ。どうした、箸が止まってる」

どうした、は俺の台詞だ。けれど追求するのも面倒だったので、味噌汁を啜った。
ばあちゃんのお国柄、料理における味噌もののバリエーションは多様だし、うまい。ユキの両親が定期的に送ってきてくれているみたいだ。

「…斎藤は時々凄く諦めが良いな。初めて逢った時もそうだったが」
「…?何の話ですか?」
「東明さんみたいになれ、とは言わないけれど。ため込むと爆発するぞ」

さっぱり意味がわかりません。分かるように話してください、と言おうと思ったけれど、止めました。時間もないし、平日の朝飯を食っている時にべたべた話すのは、ばあちゃん的にNG。見目先輩も言うだけ言って、後はさっさと食事に専念している。
そこそこのスピードで飯を食べきり、「ごちそうさま」と挨拶をする。茶碗を片付けようとしたら、ばあちゃんが引っさらっていった。

「いってきます」
「いってまいります」

防具袋と竹刀袋、スクールバッグを軽々と担いだ広い背を見ながら、どうすればこういう人間が生成されるのだろうか、と漠然と考えてしまった。親の顔が見てみたいが、一族全員このノリだったら、俺は言葉を失うな、間違いなく。想像するだけで寒気がする。



- 3 -


[*前] | [次#]
[目次]
[栞]

恋愛不感症・章一覧

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -